おかげさまで10周年 『あしたもよろし ゆうべもよろし』 (nya.3554)

白曼殊沙華と稲穂

白曼殊沙華と稲穂

晴れのち雨 儘ならぬこともまた良し、なのです。 (2026年10月9日)

まずは、ブログ読者の皆様、本当にありがとうございます。

皆様のように寛容で根気強い方々が、同じ時代に生きてくださっていることに感謝です。

ド田舎で、平々凡々と暮らしている凡人の私が、空と山と田んぼを眺めながら呟いている「ちっぽけで盛大な独り言」に目を止めて、共感してくださる方々がおられるなんてミラクルそのもの。

改めて特大の感謝の念を抱くとともに、こんなことが可能になるなんて「大した時代に生きているなぁ」という感慨一入です。

天地人、すべての恵みを頂いて、生きてこられたと思っていますし、これからも天地人に支えられながら「平凡な日常という奇跡」を楽しんで生きようと思っています。合掌

白曼殊沙華と稲穂

白曼殊沙華と稲穂

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆうべもよろし

私は、何か特定の分野に精通する美質を持ち合わせない人間なので、俳句や詩歌の類も、特に誰かが好きということはなく、何かの折によほど琴線に触れたものしか覚えられないのですが、山頭火のこの言葉は、よく頭を過ります。

自然に囲まれて生きていると、春夏秋冬の四季の移ろいにわが身を添わせて暮らすことが当たり前ですし、私にとっては、もう60回近く繰り返されている四季の巡りも、目に映る色彩の変容があまりにも劇的で、見慣れたり、見飽きたりすることなど全くなく、毎月「月の初めと月の終わりはこんなにも変わるものか」と感嘆するのです。

特に、10年前にこのブログを始めて「カメラ小僧」(笑)となってからは、常に「美しい風景を見逃してなるものか」という狩猟本能に突き動かされていますので、より多くの美しい風景に出会えていると思います。

白曼殊沙華と稲穂

白曼殊沙華と稲穂

2016年10月10日にブログを始めたのは、2014年3月に「浸潤性小葉がん、乳がんステージ4、全身性の多発骨転移、多発リンパ節転移」のがん告知を受け、あまりのがん転移の多さに驚愕して、一度は「あ?こりゃ死ぬな」と思い定めたかかわらず、その後の放射線治療とホルモン治療で、1年半後にはPET/CT画像診断で骨転移4か所にまで激減し、再度別の意味で驚愕して「あ?こりゃ珍しいことになった」と、事の経緯を書き始めたのがきっかけでした。

その頃は、自分がその後12年もサバイブする「珍種」だと思ってもいませんでしたので(笑)、「美しい風景」に出会う度に『あと、何度見られるのかな』と名残惜しいような感慨を抱かずにはいられませんでした。

以降、「見納めかな、見納めかな」と思いながら、丁寧に四季の巡りを追うようになり、大きな風景も足元の小さな風景も、病を得る前よりも輝いて愛おしく思えて、「人生は有限だ」と腑に落ちて生きることの「特典」もあるものだと感じました。

この病を得たのが46才、それまでの「馬車馬のように生き急いでいる」せわしない時期を卒業して、強制的に「急ブレーキを踏み、急ハンドルを切り、急減速する」ことを余儀なくされましたので、人生の第二章は、「のろのろ、ぽてぽて、ふらふら」と低速で進むことを一層楽しむようになり、このこともまた、たくさんの美しい風景が「見える」ようになった大きな要因だと思います。

病を得る前も、私の眼前には「同じ田舎、同じ自然」の風景があったはずなのに、「見よう」とする意思を持たなければ「見えない」、ほんとうに「気の持ちよう」というものは『人生の万能薬』で、「美しい四季の巡りを丁寧に愛でよう」と思う心が、美しい風景を「生み出す」のです。

白曼殊沙華と稲穂

白曼殊沙華と稲穂

数年前、私はようやく自分に対して「不戦の誓い」を立てることができました。

半世紀以上、自己肯定感が低い自分と悪戦苦闘して生きてきましたが、病を得たこと、年齢的なこと、離職したことで、やっと「自分の弱さや欠点と、戦わない、見下さない、裁かない」と、固く心に誓う自分へ辿り着きました。

私が「悪戦苦闘の歳月」で見ていた風景は、私の主観が生み出した「現実の風景」であったし、「不戦の誓い後」に見ている風景もまた私の主観が生み出した「現実の風景」。

私は生まれ落ちた時と同じ家に、半世紀以上暮らす「おひとり様」なので、寸分違わず「同じ風景」を見ている筈なのですが、「がん告知後」「退職後」「不戦の誓い後」と、心の変容と共にどんどん「美しい風景」が心に飛び込むようになりました。

揺らがない現実だと思っているものは、目に映る風景も含めて自分の主観が生み出す「心象風景」にほかならず、『気の持ちよう』によって、あっけなく、いとも簡単に、大胆に、「現実」は変わるものであり、このダイナミックな可塑性こそが、この星に生きる旅人が「旅を楽しむ」醍醐味なのではないかと、今では思っています。

白曼殊沙華と雫

白曼殊沙華と雫

さてさて話題は変わり、今日のサブタイトル『晴れのち雨 儘ならぬこともまた良し、なのです。』をご説明させていただきます。

まず最初に、私は数日前まで「10周年」のことが「まったく、全然、これっぽっちも」意識に上らず、「すっかり、きっぱり、さっぱり」失念しておりました。(笑)

ただただ、我が家の畑の白曼殊沙華がきれいに咲き始めていて、満開の頃、晴れた日に、黄金色の稲穂を背景にして写真に収めれば、それはそれは見事だろうと期待していたのに、案に反して、稲穂がまだ青いうちにあれよあれよと刈り取られてしまい、それはそれはがっかりしたことばかりに「気をとられて」いました。

そして稲刈りの後は雨、満開の白曼殊沙華は雨に打たれ、背景には、刈り取り後の稲の株が寂しく並ぶばかりです。(溜息)

「ぐぬぬぬ、無念」と思いましたが、こればかりは致し方ありません。(号泣)

働き者のお百姓さんの「段取り」の前には、プータローの私の小さな「期待」など塵芥です。

私は諦めて、本降りの雨の中、パーカーのフードを被って、満開の曼殊沙華を撮ることにしました。

白曼殊沙華と雫

白曼殊沙華と雫

・・・するとどうでしょう、カメラの前には、無数の雫をまとって「完璧に美しい満開の白曼殊沙華さま」が、私に微笑みかけておられるではありませんか。

「あああ、ほんっとうに綺麗」と感嘆しながら、夢中でシヤッターを押しまくりました。

私が「カメラ小僧」になって早10年、これまでも、何度も「今日は期待薄だね」と思いながら、念のためにカメラを持って出掛け、本当に何度も思わぬ「絶景」に出会って、その度に「私が浅はかでした。美しくない自然、美しくない日、美しくない時などこれまで一度もないのに、またまた失念しておりました。」と、八百万の神さまにお詫びしてきたのです。

そのことをブログで伝えたくて、「よし、久しぶりに書こうかな」と思い立ったのです。

そして、文章を書き連ねているうちに、ブログを書き始めた頃のことに触れることになり、「あれ?何年にブログを始めたかな?」と履歴を開いてみると、、、、、なぁぁぁぁぁぁんと、びっくり、ドンピシャ、「10周年」でした。(笑)

いやぁ、すっかり忘れてました。ははははは。

「これはいかん、何とかソレラシイ文章に仕立て直し、ブログ読者の方々に感謝の念をお伝えせねば罰が当たる」と思い、慌てて軌道修正をしたのが、この「晴れのち雨 儘ならぬこともまた良し、なのです。」です。

ほんとうに、ウッカリ者ですみません。合掌

白曼殊沙華と雫

白曼殊沙華と雫

そんなこんなで図らずも、2026年3月に「がんマラソンランナー歴12年」を終え、今は「がんマラソンランナー歴13年目」に突入しています。

そして、2016年10月10日に始めたブログは、2026年10月を迎え、めでたく『おかげさまで10周年』です。パチパチパチ

私の人生で、これほど長く、これほどの頻度で「継続」できたものはありませんので、「豆腐のような根気」しかないと思っていた私のことをちょっと見直しました。(笑)

折しも10月は私の誕生月、金木犀の香りが風に乗って自室まで届いていて、そんな細やかな喜びが私の心を幸せで満たします。

相方の愛猫は「風太」から「そら」に引き継がれましたが、どちらも私を笑わせてくれる大切な大切な宝物。

風太を見ながら思ったのと同じように、「そら」を見つめながら「同じだけ生きたいな」と思う日々です。

『あしたもよろし ゆうべもよろし』『晴れのち雨 儘ならぬこともまた良し』、美しい自然と愛おしい猫と微笑みを交わしながら、これからもぽてぽて歩いていこうと思います。

今度とも、何卒よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。合掌

(おしまい)

白曼殊沙華と雫

白曼殊沙華と雫

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