初夏の海も「ひねもすのたりのたりかな」です。(nya.1650)

初夏の海

海と私、「ひねもすのたりのたり」がシンクロしています。(笑) (2021年5月7日)

 

先日河川敷を訪れて「ああ、もう水辺が気持ちいいなぁ」と思ったので、「そーだ♡海にも行ってみよう♡」と思って行ってきました。

「そーだ♡海にも行ってみよう♡」と気軽に考えたのには、私がプータローであることの他にも理由がありまして、今日はそのくだらない理由をつらつらお話しつつ、キラキラと初夏の光をはじきながら「ひねもすのたりのたりかな」としか表現できない海の風景を 脳内で波の音を再現しつつお楽しみいただきたいと思っております。

ぶっちゃけ私の文章は、どーでもいいことを予めご了承ください。合掌。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

、、、と言いますのも、「今年になって」私が住んでいる田舎は「海が近い」ことが、私的に分かったからです。

ちょっと、何を言っているのか分かりませんよね、ごもっともです。(笑)

何しろ、今私が住んでいる田舎は、私が(嫁にも行かず)この世に生まれ落ちた時から53年間も住み続けている土地であって、最近引っ越してきたという訳ではないのですから、、、。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

正確に言いますと、「我が家から海への距離は、だいたい車で30分くらいかかる」と53年間思い込んで生きてきたのに、実のところ普段選ばない峠越えの細い道を通れば「15分で海に出る」ということを発見したのです。

「・・・・・え?????」と思いました。

私が毎日自室の窓から眺めている山、あの山の裏側は「もう海」だったという事実を、53年目にして知ったのです。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

私の住む田舎は比較的海に近い方ではあるのですが、幼い頃、毎年「海水浴」に行っていた海辺は「車で30分」かかります。

入り組んだ海岸線で島が点在している地形なので、「海水浴場のある浜」以外にも海辺の集落があり、そこには親戚も住んでいるのですが、「車で30分」かかります。

以前の私は、割と熱心にプールに通い、そのプールは市民プールにもかかわらず「海の見える室内プール」だったのですが、そこへ行くにも「車で30分」かかりました。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

このような刷り込みから、私の脳内MAPでは53年間、「海は遥かに遠いという訳ではないけれど、身近でもない」と信じて生きてきました。

ところが先日、春のある日、気まぐれにドライブした峠道、岩清水があり、「りゅうごん様」がおられる峠道を越えると、峠道の木々の間から海が見えるのです。

「・・・・・え?????」「家から小っちゃな山を1つ越えたら海って、、、、え????」「私って、山の民だとばかり思って生きてきたのに、実は海の民だったの????」

私の固定概念が、ガラガラと崩れた瞬間でした。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

その峠道は、中学生の頃、母の運転する車の助手席に乗って通ったことがあったのですが、車1台がやっと通れる幅のガードレールもない九十九折の道で、恐怖心から実際にかかった時間より遥かに長く、「車で30分」と記憶していたのです。

さらに、峠道の頂上が隣の市との境界になっていて、学区も違うために同級生もおらず、親戚もいないのであえて訪れる場所ではなく、漠然と「近くて遠い場所」に分類されていました。

しかし、文字通り「山あり谷あり」の人生行路を経た、アラフィフの動じない心を獲得した今、大して高くもない近所の山を越えて見ると、そこは驚くほど近く「海」でした。(笑)

初夏の海

初夏の海

初夏の海

峠道のドライブを終えて帰宅した私は、急いでグーグルマップで確認しました。

間違いありませんでした。

入り組んだ海岸線の中でも、ひと際細長く、鳥のくちばしのように海が陸地に食い込んでいる箇所があり、それが私が自室の窓からいつも眺めている山の向こう側でした。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

「そうか、この山の向こうは海なんだ」と思って見ると、見慣れているという言葉では足りないほどに見慣れている山が、急に違って見えるから不思議です。

急に視野が開けたような、急に風景に奥行きが生まれたような、不思議な感覚でした。

標高で500メートルに満たない山があるだけで、私の田舎が「塩害」の被害を受けたことが1度もないことにも驚きました。

初夏の海

初夏の海

初夏の海

ちょっと間抜けで、くだらない「発見」ですが、大袈裟に言うなら、これが「知る」ということの力であり、「知る」ということは、決定的に見える景色を変えてしまうんだと思いました。

53年間、という歳月の後に「知った」ために、今までただの山だと思っていた私の田舎の見慣れた山の向こうに、必ず海を見るようになるのです。

これは人生と同じこと、こんなことを繰り返し、自分が何を見逃しているのか、見逃している間は知りようもなく、「知る」タイミングが訪れて初めて、今まで見逃していたことを知ります。

私が今のような、時間の拘束を逃れた生活を選ばなかったら、生まれ落ちた場所から動かず住み続けていながら、山の向こうに海があることを知らずに生涯を閉じたかもしれません。

そんなことを思いながら浜辺に立ち、「ひねもすのたりのたりかな」と呟くばかりの私でした。

(おしまい)

初夏の海

いつも行く河川敷と同じように見える海の風景(笑)

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初夏の海も「ひねもすのたりのたりかな」です。(nya.1650)” に対して2件のコメントがあります。

  1. sizu より:

    成程、ひねもすのたりのたりかな 

    500mあるかないかの山のおかげで塩害がなくて、部屋から見える山の

    向こうの海が近くなのが分かった発見が龍神さんがらみだったのが又、

    面白いですね。人は案外 自分の生活圏の範囲しか普段は気にかけない、、

    と言うか、目に入らないのでしょう。

    風太君が喧嘩したのかな? なめて自分で治せるくらいだと いいですが。

    ふるゆらさんは 胸がいたくなりますね。

    1. ふるゆら より:

      はい、53年間同じ場所で暮らしていながら、新しい風景を見るというのは不思議で面白い感覚です。

      私は古代の歴史に興味があるので、この土地に住んでいた古代のご先祖さまが、山の幸だけではなく海の幸にも恵まれていたと知って、何だか嬉しいのです。(笑)

      風太はもう、復活しましたのでご安心ください。

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