【乳癌ステージ4】な私、そして「手遅れの幸せ」に出会う (nya.58)
『手遅れの幸せ』とは、私のことですね。 (2014年6月)
さて、「爆弾級」の衝撃を受けた近藤誠医師の『がん放置療法』の本を数冊読み終わった私は、次に、これまた医者で、50万部のベストセラーを叩き出した中村仁一医師の『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ 』(幻冬舎新書 2012/1/30)を読みました。
またまた、幻冬舎さん(笑)、見事なネーミングですね。
近藤誠医師の本に続いて、この本を選んだのは、私が「ベストセラー好きだから」ではなく、中村仁一医師が、近藤誠医師との対談本『どうせ死ぬなら「がん」がいい 』(宝島社新書2012/10/9 )を出版されていて、近藤誠医師の本の隣にあったから、です。
近藤誠医師と意気投合しているからには、この方も『がん放置療法』に賛同しているのでしょうが、近藤誠医師があまりにも「過激」だったので、別の視点からも見てみたい、と思いました。
中村仁一医師は、
中村 仁一(なかむら じんいち、1940年 – )は、日本の医師、医療評論家。長野県更埴市(現千曲市)生まれ。京都大学医学部卒業。財団法人高雄病院院長、理事長を経て、2000年より社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、医師。1996年より、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰。医師による延命治療の拒否を唱えている。医学博士号は持たない。
ウィキペディアから引用https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E4%BB%81%E4%B8%80
という方です。
最後の一文『医学博士号は持たない。』というのは、医者ではないということではなく、「博士号」はお飾りだからいらない、と著書の中で言われてました。
経歴として、京都大学の医学部を出ながら、定年後、老人ホーム付属の診療所の「配置医師」をされている時点で、「変わり者」の臭いがしますが、著書の中で、自らを「ホームレスレベル」の医者だと言うあたり、相当な方です。(笑)
「ホームレスレベル」という理由は2つあり、医者の世界の認識として、老人ホームの「配置医師」は、「いくら何でも、そこまで身を落としたくない」というポジションであることと、世間の認識する医者の序列として、
『つまり、大学病院の医者が頂点で、旧国立病院や日赤、済生会、県立、市立などの税立病院と続き、次が民間の大病院、中小の病院の医者で、一番下が町医者と言われる開業医です。老人ホームの医者はさらにその下ですから、いわばホームレスレベルなのです。』
引用:『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ 』』(幻冬舎新書 2012/1/30)
と、中村仁一医師は著書の中で言われています。
「のら牛=のら癌患者」を自称している私と、気が合いそうな方ですね。(笑)
中村仁一医師の主張されている「自然死」は、近藤誠医師の『がん放置療法』という積極的なものではなく、老人ホームの「配置医師」として、癌患者を看取った結果(2003~2010で52名)、【癌は完全放置すれば痛まない】という結論を得られたことによる、「無治療」→「自然死」のすすめです。
近藤誠医師は、乳癌の専門医ですが、中村仁一医師は、癌の専門医ではなく、病院に勤務されていた頃は「がんは、最期は絶対に痛むもの」と思っていたものが、老人ホームに勤務すると、
『入所者はみんな高齢で平均85歳から90歳。多かれ少なかれボケ症状が出ていて、家族からはたいてい「できたらホームで看取ってほしい」と言われます。最初のうちは「末期のがん患者に、痛みでのたうちまわられたらどう対処しよう。とても手に負えないから、その時は病院にかつぎこむしかないか」とおっかなびっくり1例2例、3例、5例と見ていきました。すると前に話したように例外なく、痛まずに死んでいくんです。』
引用:『どうせ死ぬなら「がん」がいい 』(宝島社新書2012/10/9 )
という経験を経て、【がんが痛むのではない。治療で痛む】ことを確信したと言われています。
中村仁一医師の場合は、「看取る」患者が老人ですので、ある年齢に達して以降の癌患者の死を「天寿がん」という言葉を使い、「無治療」の場合は、必ず穏やかな「老衰死」を迎えられると言われます。
(中村仁一医師の提唱される「無治療」は、おもに老人に対しての提言であることを申し添えておきます。)
そのような中村仁一医師の著書の中で、何度も言われる言葉が、
『「早期発見の不幸」「手遅れの幸せ」』
です。
『早期発見の不幸』については、「だから、がん検診なんか受けなくていい」とまで言われていますが、私自身が経験したことの中に含まれていませんし、近藤誠医師の『がん放置療法』と同様に、私の知識では、判断がつかず「保留」とします。
『手遅れの幸せ』については、「今の私そのもの」ですので、大いに賛同します。
少し長いですが、中村仁一医師の言葉を引用します。
『一方、「がん検診」や「人間ドック」に近寄らなかった場合はどうでしょう。がんは痛むといいますが、それならどうしてもっと早く見つからないのでしょう。不思議でなりません。
症状のないまま、ふつうの生活をしていたら食が細り、やせてきて顔色も悪いので、周囲が心配して無理に検査を受けさせたら、手遅れのがんだった、そんな話をよく耳にします。
繰り返しになりますが、なぜ、そんなに進行するまで病院にいかないのでしょうか。痛まないからというのが、その答えとしかいいようがありません。
一見、手遅れの発見は不幸の極みのようにうつります。
しかし、考えてみてください。それまで何の屈託もなく、自由に充実した毎日が送られていたわけです。痛みが出なければ、今後も体力が落ちて自由に動くのがむずかしくなるまで、ふつうの生活をすればいいのです。
長生きも結構ですが、ただ長生きすればいいというものでもないでしょう。どういう状態で生きるかが重要だと思うのです。
・・・人生の幕引きを思い通りにできるかもしれない「がん死」は最高だと思います。
これを「手遅れの幸せ」といいます。』
引用:『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ 』』(幻冬舎新書 2012/1/30)
この文章に出会った時、「これが今の私の状況だし、これが今の私の心情にぴったり」と嬉しくなりました。
ただし私の場合、「ホルモン療法」と「ゾメタの点滴」という治療をしていますので、中村仁一医師のいう「無治療」ではありません。
【乳癌ステージ4】と診断を受ける前の私は、末期がんの身体で、自由に充実した毎日を送っていましたし、【乳癌ステージ4】と診断を受けた後の私も、「手遅れ」故に、手術なし、抗がん剤なし、末期がんの身体で、自由に充実した毎日を送っています。
私が乳癌だと知ると、周囲の人が「さぞや嘆き悲しんでいることでしょう」的な同情の目で私を見ることに「違和感」を覚えていました。
自分が「乳癌」だと知った直後と、【乳癌ステージ4】だと知った直後、確かに涙を流したのですが、その後も「泣き暮らした」かというと、全然そうではないのです。
自分でも「無理をして感情を抑えてるんじゃないか」と、自分を疑った時期もあったのですが、やせ我慢ではなく「悲しんでいない」自分を発見しました。
なぜ、「自分は悲しくないんだろう」と自問した結果、どうやら私は、「人生の長短は、人知を越えたところで決まるもの」だから、私の人生があと数年で終わるなら「良く生きて、よく死ぬまで」と、「色即是空」の仏教徒らしく「得心」しているようなのです。
わたしが独身であり、「身軽」であることも、「受け入れやすかった」要因だと思います。
自分が【乳癌ステージ4】だと知っても、自分が「不幸」だと思ってはいなかったのですが、中村仁一医師の文章に出会い、自分が「幸運」だと知りました。
「手遅れ」だから、結果として、手術の痛みや抗がん剤の副作用に苦しまず、穏やかな時間を赦されています。
「手遅れ」だから、病院や病気にほとんど拘束されず、自由に充実した毎日を送れています。
この先、ホルモン剤の薬効が切れて、今は抑制出来ている乳癌が再び進行に転じ、結果として短命に終わったとしても、今、こうして与えられている時間の猶予を、穏やかに過ごせていることが本当にありがたいと思うのです。
「そうか、私って幸せだったんだ」と教えてくれた中村仁一医師、ありがとうございました。
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次は
です。
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先週、乳がん診断を受けた50代のオバサンです。
明日、詳細な情報を聞きに行くので、色々予習中です。
が、諸先輩方のブログを見るにつけ
「涙に暮れる」感覚に同調できず「???」でしたが
こちらのブログを拝見させて頂いて
「そうそう!」と勝手に盛り上がってます♪
心の有り様を静かに保つ
良き読本情報ありましたら、また発信してくださいね~
風太くん、カワユス♥
さるこさん、はじめまして&コメントありがとうございます。
私の「壮大な独り言」がお役に立てて嬉しいです♪
私もがん告知を受ける前後、諸先輩方のブログで勉強をさせてもらいましたが、どの方もあまりに熱心に取り組まれていることに自分とのギャップを覚え、「あ?無理っしょ」と、早々に白旗をあげました。(笑)
この出来事を通じて学んだことは、人間大病を患ったからと言って、人間性が急に変化したり上昇したりはしない、「人は人、自分は自分」という確信です。
でも、病気が転機であることもまた間違いなし、です。
さるこさんも、これからいろんなことを想い迷われることでしょうが、「自分を幸せに出来るのは自分だけ」という大原則だけ見据えて、さるこさんらしい選択を重ねてくださいね。
「がんマラソンランナー」同士、焦らずゆるゆる進みましょう。