「ノーリードでねこと散歩する日々」は神さまからのギフトでした (nya.2000)
このたび、病を得たものの思いも寄らない嬉しいギフトをいただいていたんだと「発見」しました。 (2022年4月22日)
「無事に」というより「思いがけず」という方が相応しいのでしょうか、このブログが今日で「nya.2000」となりました。
まずは、私を支えてくれているすべての人たち、物事に、心より感謝し心より御礼申し上げます。
ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございます。
そして、これからもどうかよろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
このブログで私自身の感情を表現するのに、どのように言葉を並べても追いつかないと思う時、何度も使わせていただいた二首、、、今回の心情もこれに尽きます。
「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」
「何ももたぬという人でも、天地のめぐみをいただいている」
天地人、すべての恵みを受けて、今ここに私は立っています。
星々の運行から始まって、生まれ落ちた国、時代、気候、天災、人災、事件、事故、家族の生老病死など人知の及ばない領域のこと、友人知人との出会いや別れ、何気ない日常の中で何気なく行う細々とした選択のすべてが偶然を装った必然であり、たて糸とよこ糸として編まれた奇跡の衣となって私を包み、護られ、「今、ここ」まで運んでくれました。
加えて、私が立っている「今、ここ」がとても心地よく、陽だまりのような場所であることに、さらに感謝感謝です。合掌。
私が2014年3月に、浸潤性小葉癌という乳がんで、骨転移無数、リンパ節転移無数、PET/CTの画像が「がん転移で真っ黒」の多発骨転移のステージ4と知ってから、2022年4月の今日までに8年の歳月が流れました。
当初「あ?こりゃ死ぬな」と思っていたのにもかかわらず、1年後には骨転移が4か所にまで激減して小康を得、「あ?こりゃすぐには死なないかも、、、」「世にも珍しいことになったから、ブログでも書いてみるか」と思い立ったのががん告知から2年半後の2016年10月、、、5年半の歳月が流れました。
文章を書くことが苦にならない体質に生まれ落ちるという幸運が追い風となり、毎日コツコツブログをアップし、そうして毎日コツコツ続けていると「2000回」というアニバーサリーな回数に到達できました。
万歳三唱、パチパチパチ、びっくりです。
なぜ続けることが出来たのかと思うと、3つの幸運が重なったからです。
一つ目は、多発骨転移で乳がんステージ4の私が、放射線治療とホルモン療法のみで骨転移が激減、、、我ながら「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な「狐につままれた」ようなことになり、闘病らしい闘病もしないまま「普通」の暮らしが営めるという僥倖を得たことです。
そして、このことを同病の方やそのご家族にお知らせすれば「懐中電灯の明かり」ほどの光明をお届けできるのではないかと思い、そうであったらいいと今も祈り続けていることです。
私自身ががん告知を受けたのは、もう8年も前のことになりましたが、ブログを毎日更新することで、今現在、がん告知を受けて頭と心がホワイトアウトしている方の目に触れたらいいなという祈りが、原動力になっています。
二つ目は、自然に囲まれた田舎に暮らしていることです。
「自然と切り離されたら心の健康を保てない」と思う程、自然は私にとって不可分の存在なのですが、四季の巡りに従って繰り返し循環する自然は、心を開いてよく目を凝らせば「一日たりと同じ日はない」新しい美しさに満たされていて、汲めども尽きぬ美しい風景が、飽き性の私をして見つめ続けさせています。
三つ目は、2014年に病を得て第二の人生を歩み始める時、相方として迎えた「愛猫風太」と運命の出会いを果たしたことです。
常に傍らにいて、心を温め、微笑みから爆笑まで、暮らしに笑いを提供してくれる風太の存在はかけがえのないものですが、何より有難く思っているのは、風太が「人間界のルール」とは無縁に生きていてくれることです。
人間である私が、よくある些細な人間界の雑事に飲み込まれて悶々としていても、巡回業務を終えて帰宅した風太が「生きた雀」を咥えてドヤ顔をしているのを見た途端、雀を回収して空へ返しつつ、彼の見事なハンティング技術を褒め称えている間に「人間界のルール」の悶々など、雲散霧消します。(笑)
つまり纏めると、乳がんステージ4の身でありながら小康を保って暮らせていること、見飽きることのない美しい自然に囲まれた環境、春夏秋冬、自然の中を自然のままに嬉々として歩く小さな命のきらめきを見逃したくないと思う「風太愛」、奇跡のトライアングルが形成され、毎日ブログをアップ出来ているのです。
中でも、今の私が立っている「今、ここ」がとても心地よく、陽だまりのような場所であるのは、馬車馬のように働いた社会人から足を洗ってプータローとなり、思いがけず得た「ゆっくりと流れる時間」の中に身を浸すことで心が柔らかく解け「自分自身への原点回帰」出来たことが大きいと思います。
また「自分自身への原点回帰」させてくれたのは、暮らしの随に(まにまに)自然を感じながら「風太と散歩」をしていることが大きく作用しています。
だから、「nya.2000」というアニバーサリーなブログでは、乳がんステージ4の私が、いかに「風太と散歩」でささやかな、でもキラキラした喜びを味わい、平凡な日常を愛おしく思いながら暮らしているかを綴り、病を得たからこそ一層鮮やかな風景を楽しむこともできるのですよと、同病の方へエールを贈ろうと考えていたのです・・・。
ところが!!、んがしかし!!、先日私は、ずっと気付かずにいた大きな「発見」をしてしまいました。
それは、「nya.2000」ブログを書こうとして、ふと、「世の中の人はどんなふうに猫と散歩をされているのか?」が気になり、「ノーリードで猫と散歩」とググってみたことで発見されました。
驚きました。
検索の結果は、風太のように「リードなし」で散歩している猫は数えるほどで、ほとんどハーネスにリードを着けて散歩をしている猫ばかりでした。
しかも、
ノーリードで散歩をしない
ノーリードで散歩をするのはとても危険です。 猫がどこかに行ってしまい、そのまま帰ってこないなんてことも起きかねません。 散歩に慣れている猫でもあり得ることです。 中には猫が苦手な人もいますので、リードはしっかり付けるようにしましょう。2021/04/10 https://petokoto.com/articles/2896
と、「注意喚起」までされています。
「・・・え?マジっ」と思いました。
慌ててYouTube動画でも検索しましたが、、、、ほとんどヒットしません。
「・・・もしかして、ひょっとして、、ひょっとすると、風太と私が普通にやってる「ノーリードで猫と散歩」って、レアなんじゃ・・・?」
そーです、「大発見」とは、風太と暮らし始めて8年、春夏秋冬続けてきた「ノーリードの風太と私の散歩」が、【レアもの】であることを発見したのです。(爆笑)
そして、気付きました。
がん告知を受け、有限な時間を「猫のいる暮らし」にしたいと切望して猫を飼い始めた時、私は神さまから「ノーリードで喜んで散歩に付き合ってくれる猫・風太」というスペシャルなギフトを既にいただいていたのです。
そして、それにもかかわらず、8年間「スペシャルなギフト」だと気付かず、「猫って散歩するよね、ふつう」と思って過ごしてきたんだということを。(笑)
風太は、私が2014年3月にがん告知を受け、余命宣告はなかったものの余命幾ばくもないと思い定め、残された時間で「やりたいこと」を自問した時、唯一思いついた「猫がいる暮らしをしたい」という願いを叶えた結果、我が家の一員となりました。
その時に想像していたのは、膝に乗ってゴロゴロと喉を鳴らす猫、モフモフの柔らかい毛並みを思う存分撫で回す癒し、そんな穏やかで人懐っこい「猫がいる暮らし」でした、、、。
んが、実際の風太は見事な「ツンデレ」で抱っこが嫌い、人の膝に乗るのはもっと大嫌い、でも寝る時だけは私の顔の前で、顔に背中を押しつけて寝る(その時だけゴロゴロ言います)のが好きな猫です。
日中は、私という「大型動物」の気配が感じられる安全圏には居たいものの、「勝手に触んなよ」オーラ全開、私が近付くと嫌いな「抱っこ」をされるんじゃないかと警戒して大急ぎで逃げますし、風太と呼んで愛想よく振り返るなんてことも皆無です。(嘆息)
そんな風太ですから我が家の一員になったからといって、よくある「飼い主がお父さんお母さん、猫は子ども」という人間関係の延長線上のポジションに納まるつもりはサラッサラなく、「人間は人間界のルールでやれや、わしは猫界のルールで生きるし。あ?エサのカリカリはよろしく!!」と、ハードボイルドに「オス猫道」を貫いておられます。(笑)
そんな風太ですが、意外なことに私との「散歩」は大好きです。
人間界のルールと猫界のルール(人=軽い運動と気分転換、猫=テリトリー内のマーキングと新規テリトリー開拓)が僅かに重なり合う部分に「散歩」があったことは、私にとって何よりの僥倖でした。
オス猫風太は縄張り意識が強く、私がいてもいなくても朝夕2回、縄張り内を「業務として」巡回していますが、私の散歩と重なるとどこからともなく現れて一緒に歩き始めます。
私が呼ばなくても自発的に現れるのですから、これは「大好き」なんだと思います。
風太が姿を現し、ポテポテと歩いて一緒に散歩をする度に、風太から「愛されている」ことが実感できて、私は喜びで心弾みます。
付かず離れずの距離で1時間くらい、近所の畑や藪や山や田舎道を四季を感じながら歩きます。
私の前を歩いて散歩ルートの主導権を渡したくない風太と、お尻と尻尾だけではつまらないので風太の顔を写真に撮りたい私が、抜きつ抜かれつを繰り返し、互いを出し抜く度に笑いながら歩きます。
ブログの『まいにち風太、まいにち田舎』で、毎日3枚ずつ風太の写真をアップしていますが、風太が室内飼いの家猫だったら、とっくの昔にマンネリと惰性に音を上げていたことでしょう。
ところが風太は、四季折々の自然を背景に、私と歩調を合わせて歩いてくれます。
抱っこが嫌いでも、膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしてくれなくても、それらを遥かに上回る喜びと幸せを私にもたらしてくれるのです。
乳がんステージ4の体で8年の歳月が流れ、9回目の春を迎えました。
時として「もうこの調子でずっと生きていけるんじゃ?」と錯覚しそうになることもありますが、「ステージ4=末期がん」という事実は重く、常に頭の上に「この世から卒業」という言葉が書かれた大きな看板がぶら下がっています。
ある日ある時、この看板がガッシャーンと落ちてきて「ああ、今が卒業する時だったのか」と知る日が来る、、、いつか必ず訪れるであろうその時を思うことを止めることはできません。
「人は皆同じ、病があってもなくても、いつどのようにこの世を卒業するか知る人はいないんだから」と得心していても、ふとした体調の変化で「死が間近にある」と感じる不安と焦燥がなくなることはないでしょう。
けれども私は病を得て「人生は有限なんだ」と身に染みた時、目に映る自然や風景が、それまでより一層鮮やかに見えることを知りました。
そして、風太と移ろう四季を感じながら自然の中を「ノーリードで猫と散歩」する日々は、私に鮮やかな喜びと穏やかな心をもたらしてくれる、今の私にとってかけがえのないものとなりました。
風太と私、リードで繋がっている訳でもなく、言葉が通じないから会話もなく、興味を持つものもバラバラ、互いのペースで歩いたり立ち止まったり、近付いたり離れたりしながら、同じ風景の中を歩きます。
お互いが、一緒に歩くことが楽しいから時間と空間を共有しているという、混じりっ気なしの純粋な気持ちが私を幸せにします。
しかも、この度「発見」した事実、風太との「ノーリードで猫と散歩」は「当たり前だと思っていたのに、当たり前ではなかった」のです。
私が、骨転移無数、リンパ節転移無数の乳がんステージ4の体で8年もサバイブ出来ていることが、神さまが私に贈ってくれた最大の奇跡だと思って感謝しつつ生きてきました。
でも、「ノーリードで猫と散歩」するという喜びに満ちた日常を可能にする「風太との出会い」もまた、神さまからの「スペシャルなギフト」であり奇跡だったのです。
「神さまって、私にやさしい(涙)」と、感謝感激を新たにしました。合掌。
「nya.2000」の記念回で、風太との散歩のことを書こうと思わなかったら、私は「スペシャルなギフト」に気付くことなく暮らしていたんだろうと思うのです。
そして「スペシャルなギフト」に気付けば、「当たり前の幸せ」が「特別に贈られた幸せ」に昇格です。
旅行先で目にする「その土地で暮らす人々の当たり前の日常」が、旅という「非日常」のフィルターを通して見れば、鮮やかな思い出として心に刻まれるように、何を「特別」だと感じるのかは、受け取る人間の感性次第です。
私が「人は皆、地球滞在型リゾートを楽しんでいる旅人」と好んで言うのは、今いる自分の日常もまた、旅人として眺める感性さえ持てたなら、鮮やかで特別な風景として愛おしく思えるだろうと思うからです。
自分ががん告知を受け、死の渕を覗くような大病だと知った時、「当たり前は当たり前じゃなくて奇跡なんだ」と思い知ったはずなのに、コレです。(嘆息)
「ノーリードで喜んで散歩に付き合ってくれる猫・風太」という奇跡を私は見逃していました。
そして「nya.2000」のアニバーサリーなブログを読んでくださっている方に「あなたにもきっと、普通だと思って見逃している喜びや奇跡がありますよ」と、お伝えしたいと思います。
ありがとう神さま、ありがとう風太、風太に出会えて私は幸せです。
最後に、「当たり前の日常は、やっぱり奇跡なんだ」と、分からせてくれるYouTube動画をご紹介します。
それは、色覚異常の方がそれを補正するサングラスをかけることで、ありのままの色彩を獲得した瞬間を撮影した動画です。
その瞬間、彼らが見たものは「日常」です。
でもそれは、涙を堪えることが出来ないほど感動し、美しさに満ちた「日常」です。
(おしまい)
ふるゆらさん、風太さん
2000回おめでとうございます&有難うございます
奇跡の日常、しあわせ溢れるお二人のお散歩、ホントは生で覗いてみたいとこですが、想像するだけで充分楽しませてもらってます
かえでさん、ありがとうございます。
かえでさんをはじめ、いろんな方のコメントに励まされての2000回、ほんとうに感謝しています。
私の妄想は、風太と私が散歩をしているところを「世界猫歩き」で撮影してくれないかなと思っています。(爆笑)
ともあれ、自然の中を散歩するだけでも気持ちいいのに、私には風太というスペシャルなギフトが加わっていますから、果報者です。
これからも風太とぽてぽて近所を歩いて、「普通だけど普通じゃなかった」日常をご覧いただきたいと思います。
よろしくお付き合いのほど、お願いいたします。合掌。
2000回おめでとうございます。
癌の告知から2度の転移を繰り返し、今年で10年目を迎えました。
最初の転移の時は落ち込み東京オリンピックは見れるのかなと悲しくなりました。
その時に風太くんを知り、とても上手な文章と可愛い風太君に癒され元気を貰いました。
今この時を生きていることは当たり前ではなく運が良い事だと感じます。
私も猫ちゃん2匹と暮らしていて風太君のように(ノーリドでお散歩に行けたらいいなあ)と
思っています。
2000回本当に凄いです、これからも風太君と続けてくださいね。
めめさん、ありがとうございます。
そして、サバイバー10年の節目を迎えられたこと、おめでとうございます♪
「めめ先輩」と呼ばせてください。(笑)
「今この時を生きていることは当たり前ではなく運が良い事だと感じます。」同感です。
『千と千尋の神隠し』のエンディング曲『いつも何度でも』が好きなのですが、
♪生きている不思議 死んでいく不思議 花も風も街も みんなおなじ♪
を時々口遊んでは「ほんとにね」としみじみ思います。
そして、
♪海の彼方には もう探さない 輝くものは いつもここに わたしのなかに 見つけられたから♪
も「ほんとうだなぁ」と思います。
猫と暮らしていると、「人間界の幸せ」を追い求める自分を反省させられます。
猫は「今、この時を心地よく生きる」ことを徹底して実践していますからね。(笑)
めめ先輩が、これからも「がんマラソンランナー」として歩み続けてくださることが、同病の方の灯です。
私もめめ先輩の後ろを 風太とぽてぽて歩いてついて行きます。
なにとぞご自愛いただき、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。合掌。
温かくておもしろくて、いろいろと気づかせてもくれる私にとっての灯台の灯り。
2000回おめでとうございます。
私はがん告知からもうすぐ2年、このブログがあって本当にありがたく思っています。
続けてくれてありがとう!風太くんもありがとう。
コメントを送ってくれる読者の方々もみんな個性的で素敵です。
みんなどうかお幸せでいてほしいと心から願っております!
タコスさん、ありがとうございます。
私自身、文章として言葉に置き換えることで、「あ?私がぼんやり感じていたモヤモヤはこれだったんだ」と気付かされ、すっきりすることがしばしばあります。
それを読んでくださる方がいて、「おおお、そうそう、そーゆーこと♪」と楽しんでいただけるのですから、これぞウィンウィン、幸せな関係です。
辺鄙な田舎の田んぼと山を眺めながら呟き続けて幾星霜、タコスさんをはじめ、コメントをしてくださる方々がおられなければ「壮大な独り言」(笑)
これからも、「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり(高杉晋作)」精神で邁進してまいりますので、よろしくお付き合いの程お願いいたします。合掌。
ふるゆらさん、2000回!おめでとうございます!
2000回、毎日続けられることでは中々ないですよ
今や風太君はほんとに天の神からのプレゼントの様です
自然に囲まれた環境で、程よい距離感が風太君にも合って
いるのでしょうね。
sizuさん、ありがとうございます。
今日の風太は、午前7時に朝の巡回業務を終えて帰宅、台所にいた私に「腹減ったわぁ」と大声でアピるので、いり干しとカリカリを私の手に乗せてサーブしました。
満腹になった風太は、私の手をペロペロと舐めてすたすたと台所を出て行きました。
その後1度も風太を見かけることなく1日が過ぎ、先程、午後8時、夜の巡回業務を終えて帰宅されました。
家猫なのに日中5分ほどしか姿を見ない猫って、、、、。(笑)
ほんとうに、割れ鍋に綴じ蓋、よい相方です。(笑)
ふるゆらさん、風太くん、2000回おめでとうございます。おふたりの幸せな毎日がずっとずっと続いていきますように。
絵里さん、ありがとうございます。
8才の風太は中年に差し掛かり、アラフィフの私と「ほぼ同年代」、健康第一で生きていきたいと思っております。(笑)