令和8年 あけましておめでとうございます (nya.3350)

あけましておめでとう
新( あらた)しき 年の初めの 初春(はつはる)の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)
今年も、新年に降りしきる雪片を吉事(よごと)に例えて「いいことが、降るようにいっぱいありますように」と祈る、私の大好きな万葉集の歌をつぶやけて嬉しいです。
旧年中は様々に励ましをいただき、本当にありがとうございました。本年も何卒よろしくお願いいたします。合掌。
2014年の3月に、浸潤性小葉乳がん、しかも全身転移の多発骨転移でステージ4とがん告知を受けて幾星霜、今年が2026年であることに、自分が未だに普通の暮らしが送れていることに、誰よりも驚いて新年を迎えています。
昨年も新年のブログに書きましたが、初詣に氏神様へお参りし、30段ほどの石段を登りきると「私、今年も登れてるんですけどぉ」と、自分に恵まれた奇跡、、、不思議に畏怖の念を抱きます。
昨年は特に、自分自身の体調のアップダウンも激しかった上に、母の骨折、入院、手術、施設入居、兄が腎盂炎で入院、風太の母の手術に合わせた「断食」と、『ギリギリ家族』の面目躍如でした。(笑)
そんな中、一人、健康体を貫く最高齢90歳の父。
父と私は折り合いが悪く言葉も心も通じ合わない二人、普段は「業務連絡」しかしない仲なのですが、このような状況に置かれてみれば、なんだかんだ言っても父が健康でいることの恩恵を感じることとなり、「一人でできることの限界」の前に、自分自身の傲慢さを恥じ、謙虚さを取り戻すきっかけもなりました。
母の施設入居の日に、私が入居のために用意した母の衣類ほか諸々の大きなバッグ3つを横目に、自分は手続きのための書類だけを持ち「これだけを持って行けばいいんだな」と、私に念を押す父、、、(大きな荷物が目に入らんか?いやいやいやいや、これでも居ないよりは役に立つ時もあるんだから)と自分に言い聞かす私、、、こんなことを何度となく繰り返した1年でした。(笑)
そのような昨年1年でしたが、自分で思うよりずっと穏やかな気持ちで過ごせたのは、数年前「よし、流されるままに漂い、抗わずに生きていこう」と、私自身に漂流の誓いを立てたことが大きかったと思います。
そのさらに数年前、自己評価が低い自分を脱皮したくて「責めない、裁かない、戦わない」と不戦の誓いを立て、だいぶ上手になってきたと思えたので、次に漂流の誓いを立てたのです。
見通すことが出来るはずもない未来の幸不幸をいろいろと案ずるのを止められず、常に不安に付き纏われているような感触が嫌で、それなら「流れに身を委ねる」ことだけを決めて、自分の手の届く「今」目の前で起きていることに対処する、それでオッケーということにしようと決めたのです。
完璧や正しさを求めない、出来不出来を問わない、賢明である必要はない、病身の私が自分を労わりながら、出来る範囲で出来ることをやれば、「後のことは知らんがな」です。
常に高みを目指し限界を超えることを求められる、あるトップアスリートの言葉『自分に厳しくすることよりも、自分に優しくすることの方が難しい』が心に響き、「ほんとにね」と思いました。
そんなこんなで、新年です。
家族のことで東奔西走しつつも、自分の体調に合わせて休むことを忘れずに、流されて流されて流されて流されて流されて「今」を生きようと思います。(笑)
皆々さまの、今年が穏やかで豊かで笑うことの多い1年でありますように。合掌。

昨年は

大変お世話になりました。

本年も

よろしく

お願いします
