まいにち風太、まいにち田舎 (nya.3325)

〈風太のごあいさつ〉このブログは、ラブリーなわしの写真と、季節の田舎の写真です。(写真見て「ホッ」としてくれたら、わし、嬉しいぞ♡)「にゅうがん」のことなら、最初は『“にゅうがん4な私と風太(日本猫)のららら田舎生活” ブログについて』から読んでください。ほんなら、またお会いしましょう。

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おいこら

1時じゃが、飯くれや
「飯くれ」と言われることが嬉しい、下僕でした。(笑)
そして、今日の田舎は、

12月の秋桜

12月の秋桜

12月の秋桜
今日は二十四節気の「大雪」、私の住む暖かい気候の田舎はめったに雪が降らない代わりに、今朝は辺り一面が真っ白の「大霜」でした。


猫らしくて良いですね、媚びてなくて^_^
うちの禄様も、「まず撫でろ」でしたね。
抱っこは嫌いなくせに(笑)
そしてうちの庭も、マリーゴールドがそんな感じです。
雪に降られて終わりました。
花の様子に勝手に親近感を感じてコメントしちゃいました^^;
体調は如何でしょうか?
寒さで体調コントロールが難しいと思いますが、風太君とのお散歩でセロトニンいっぱい出して、免疫もあげちゃって下さいね♪
そっちではインフルエンザは流行っていないでしょうか?
こっちは先月子供2人共感染してしまい、私は何とかうつりませんでしたが、散々でした。
面倒は見させるくせに、クソババアだの口だけはムカつくほど威勢がよく、メンタルやられます。
ここで写真見て、メンタル回復します。
グランディさん、お役に立てて何よりです。
自分が「アラ還」だからでしょうか、季節の終わり、花の終わりに愛おしさを感じるようになりました。
『散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ』
この歌も、若い時には「覚悟」のようなものを感じていましたが、今は、自然も人も絶え間なく流れる時に身を委ねていれば「その時」が来るんだからと、気楽に生きなさいよと、言われているようで「優しさ」を感じます。
グランディさんも子育て戦争の真っ最中で大変だと思いますが、その日々にもまた、終わりがあります。
ご自愛されて穏やかな年の瀬を過ごされることを「心からお祈り」しております。合掌。
本当ですね、人生なるようにしかならないし、時の流れに身を任せ〜♪ですね。
そう考えると花の終わりにも愛おしさが感じられますね。
親はサンドバッグではなく生身の人間なので、例え子供でも許せないことはあるんですよね…
子育てには終わりがあるのに、早くその終わりを待ってしまうほど、追い詰められています(泣)
でも乳がんとも猫とも関係ない戯言に付き合って頂き、ありがとうございます。
その気持ちだけですごく癒されます。
グランディさん、お疲れさまです。
難しい局面、難しい年ごろ、、、、難しいですねぇ。
親だから、すべてを受け入れ、すべてを赦すことが「正しい」とされがちですが、一昔前は、親の言うことは「常に正しく」それに背くなんてあり得ないとされていた訳で、「正しさ」なんて、時代や主観でいかようにも変化するものです。
詰まるところ、「自分を幸せに出来るのは自分」なので、グランディさん自身の心を守ることもまた「正しい」と愚考いたしました。
ありがとうございます。
自分の心を守らないと、扶養義務まで放棄してしまいかねないので、色々気を付けます。
そして当たり前ですが、子供も成長する訳で、「今のままではない」と言い聞かせます、自分に。
また癒される自然体の写真を待ってます♪^ ^
何はともあれ、四季が移ろうということは、時が弛むことなく流れているということ。
時が流れているということは、あるものは終わり、あるものは始まるということです。