お墓参りが楽しいなんて(笑)(nya.1293)
神さまは「時を裁量される」のですね。 (2020年5月15日)
時代が、世界が、風雲急を告げ、この地球に生きる誰もがその大きな波のうねりに翻弄される他ない、そんな珍しい時に居合わせているのだなぁと、思う今日この頃です。
テレビやネットから、日々刻々、怒涛のように流れてくる情報を聞いていると、「何か」しなくてはならないような焦りを感じ、、、でも、よく考えて見なくても「あわわ、あわわ」と呟く以外に私にできることはないのでした。(笑)
まぁ、そんなこんなで普通に暮らしていると、これまた普通に家の近所を散歩するかということになります。
デジカメを持って1時間以上ふらふらと徘徊するのですが、人に出会うことも稀、「三密って何?おいしいの?」てな感じです。
私のご近所徘徊ルートは数パターンあり、その一つは、我が家のご先祖さまたちが眠るお墓の前を「通り抜け」るものです。
ですので、私は週一ペースで「不要不急のお墓参り」をし、その度にご先祖さまたちとご挨拶をしています。
ある時は「ちーーっす」と会釈して終わり、ある時は、「汗が流れるのが止まるまで、ちょっと休憩させてね」とお墓のすぐ横にある物置台に座り込んでぼーーーっとしたりします。
そんな姿がご近所さんに目撃されでもしたら、私についての目も当てられない怪情報が村内を駆け巡ることでしょうが(笑)、お彼岸やお盆でもない、平日のお昼間に「不要不急のお墓参り」をしようと思う人はいないので、今のところ事なきを得ています。合掌。
そして、自他ともに認める「変人」である私は、そんな誰もいないお墓参りが気に入っています。
・・・正直に言うと、楽しいのです。(笑)
今、圧倒的多数の方が「お墓参り・・・楽しい?・・・(嘆息)」と思われたと思うのですが(笑)、その理由をご説明します。
まず第一に、その時々に想っていることを滔々と愚痴ることは、人間相手ではタブーですが、「仏さま」となられている方々に話す分には躊躇なくできます。
第二に、その時々に願っていることへのご助力を頼み、ご先祖さまたちを叱咤激励すると、現世利益が叶うかもしれず、心が軽くなります。
例)「ちょっと、最近あなたの息子さん(私の父)の言動が酷いんだけど、言って聞かせてくれませんか?」と祖父のお墓に告げ口をします。
そして最後に、お墓に刻まれた没月日と没年齢から、ご先祖さまが生きて活躍されておられた時の時代を想像し、同じ土地に住みながら、全く異なる人生を歩まれたことを想像するのが、本当に楽しいです。
特に最近は、こんなど田舎で「明治維新」を経験されたであろうご先祖さまの人生を思います。
私の家は、明治10年くらいに本家から分家した「新家」ですから、我が家のお墓に眠っておられる一番古い高祖父 夫妻は江戸時代末期に生まれておられます。
今と同じく「大激動」の時代、その頃青年だった高祖父は、どのようにサバイブしたのでしょうか。
テレビもラジオも新聞もないのですから、はるか遠い江戸で「徳川家が将軍を辞めた」ことをどうやって知ったのでしょう。
「お侍がいなくなるってどーゆーこと?」「藩がなくなって県になるって、何?」「ちょんまげは切らないといけないらしい?」「年貢を納めなくていい?」
私たちは歴史の教科書で「1967年、大政奉還」「1968年、明治維新」と習い、きっぱり一瞬にして江戸時代が明治へ転換したように漠然と考えていますが、田舎者のお百姓である高祖父のことを想像するだけで、そんなに簡単なはずがないことが分かます。
ね?楽しくなってきたでしょ(笑)♪♪♪
そんなことを考えながら、お墓の物置台に座っていると「まぁ、この時代も私も何とかなるっしょ」と思います。
それに、自分が乳がんのステージ4だと知ったのが6年前(2014年)の3月、それから紆余曲折を経て小康を保ちながらも長期休職に突入したのが2年前(2018年)の1月、6年前はもちろん、2年前の自分も、2020年がこのような大激動の年になることなど知る由もなかったことを思う時、自分が幸運であり、護られていることを知ります。
知る由もないまま、その時その時の何気ない選択が積み重ねられた結果、2020年の今、私は2020年12月末日までの長期病気休職のモラトリアムを許されて、堂々と家に「引き籠る」ことが出来ています。
抗がん剤治療をしていない私は、極端に免疫が落ち込んでいることはないかもしれませんが、それでも「人並み」だという確信も持てません。
そんな私が、神さま仏さまの計らいで、期せずして、すっぽりと繭にくるまれるように、世間で荒れ狂う嵐から一歩引いた安全な場所で穏やかに暮らすことを赦されているのです。
神さまは全ての人に力を及ぼし、その方法は「時を裁量する」ことだと知った時、「なるほど、そういうことか」と思ったものですが、今の自分の状況の幸運は、まさに、神さまのご加護を感じずにはいられません。
「不要不急のお墓参り」で、私はこんな風に取り留めのないことを茫々と考えながら、いつまでも座り込めるのです。(笑)
、、、と、そうこうしていると、その日一緒に家を出たものの、物の数分で「今日は別行動で」と言って姿を消した愛猫風太が、座り込む私の足元をすり抜けて、ご先祖さまのお墓の前で長々と寝そべります。
お互いに何の計画性もなく、足の向くままに散歩した後で、どうしてお墓で「落ち合えた」のか分かりませんが、私を見上げて不敵に微笑む風太と、平日の昼間にお墓に座り込んでいる私は、にっこりと微笑みを交わしました。
そして、唐突に、天啓のように閃きました。
「これって、奇跡(笑)」
どれ程自分の人生について妄想を逞しく想像しても、アラフィフの私が、ある天気のいい春の日に、我が家のお墓で、愛猫と微笑みを交わしてまったりとしている現実が実現するなど、思いもよらないことです。
100%当たる占い師さんに、「あなたのそんな未来の情景が見える」と言われたとしても、「いやいやいやいや、ないない」と一笑に付すことでしょう。(笑)
でも、これが現実なのですから、いつもいつも、生きるってことは奇跡の連続です。
そして私だけでなく、全ての人が、神さまの「時の裁量」によって、出会うべき時に出会えるよう、計らいの手の上にあるのだと思います。
大変な時代、大変な情勢ではありますが、今も確実に、禍福の縄が糾われているのです。
これまでも私の人生では、その時は不運にしか思えず、時を経て実は幸運だったのだと分かることが多くありました。
ですから、私は信じます。
「今」もまた、そうであると。
(おしまい)
ふるゆらさんほどの温厚な方がそう思うのですから
よくよくの事情と理由があるのでしょう
私は知っていますよ
社会的信用があり世間からみれば感じの良い立派な人物であっても
家の中では子供、家族に罵詈雑言を吐き悪行の限りを極めている
人間もいることを。
刑務所にいるのはかわいい悪人です
彼らは償いをしているからです
誰の目にも明らかで下手くそな人達であり単なるおバカさんです
本当の悪人は刑務所なんか入りません
平和な家庭に君臨して弱く他に行き場のない家族を蹂躙 搾取して
その上自らの手を全く汚すことなく 暴行罪で逮捕されない
ギリギリのことをしてむしろ被害者のような顔をしているものです
お父様がそういう方だと言っているわけではないです
私は知らないので。
でもふるゆらさんしか知らない ふるゆらさんしか味わったことのない
心の傷があるはずで それは他人が到底理解出来得ないもののはず
でしょう。
お墓に話しかけるのは良いことです
それは誰も傷つけたり嫌な気持ちにさせません
どうか少しもご自分を責めることのありませんように。
インナーチャイルドをたくさん癒してあげて下さいね。
あらら、裕子さんも父のことを心配してくださったのですね。
ちょっとした冗談のつもりで書いた文でしたが、、、あらら。(笑)
もしかしたら、私とご先祖さまとの「距離感」が、他の人と違っているから、ヘヴィに伝わってしまったのかもしれませんね。
私の場合、「ご先祖さま」は親しい親戚のおじさん、おばさんくらいの距離です。
ですから、ほぼタメ口、手を合わせて祈るというより、石塔をトンと叩いて「頼むよぉ」と笑いかけることが多いのです。(笑)
我ながら罰当たりな子孫ですが、今のところ罰は当たらず「護って」くださっているので、許されているようです。ハハハ、
・・・目に優しい花と緑の風景 風太君との出会い ラッキーなめぐりあわせの奇跡ですね
元会社に、お務めで退職後、ご高齢なのに お元気で 畑や 玉葱を上手に 作って おられる お父様!
世界中に広がった怖い状況の中で、都会のビルに囲まれて自粛している方、妊娠して この時期お産に
心配している方、明日の生活に不安を感じている方、皆さん ほんとに大変な中にいらっしゃいます
ふるゆらさんも、ご先祖の お墓参りで、それぞれの来し方に思いを馳せて 思いやっておられます
言葉は ほんとに使い方で相手の心を 慰めたり 苦しめたり してしまいますね、
家族とは、一番言いたいことを言ってしまうもので、又、忘れて許したりできるものです
但し、舅姑関係というものと 夫婦も、大人になるまで違う環境に育ち、又、生まれた子供は
育った時代が違う。 その関係性も全て そこに 色々な環境が付随して性格ができてくるのだと
思います。 父君も察するに 昔の男たるものは!こうでなければ!と言う時代の親に育てられ
ニコニコ優しい事など言えず、戦後生まれの 親に育てられた 今の若い人とは
違う事でしょう。 お元気に野菜 畑を 定年後に 続けておられる お父様にも
近い父の日、有難う!て言って見られたら⁈ なんちゃってね✌
お父様のお元気なのも その豊かな自然の中に あるのでしょうか・・
皆、時々愚痴りたいときも あるでしょう=お互い人間だもの!です。(笑)
ははは、父のことを気にしてくださってありがとうございます。(笑)
「彼」との付き合いも52年に及び、一々腹を立てている訳ではありませんので、ご安心ください。
父の実父は、父が生まれて間もなく28才で他界していますので、私は会ったこともないのです。
あの世では、年齢などないのでしょうが、28才の祖父に85才の父のことを愚痴るのが楽しくて、ついつい話しかけてしまいます。(笑)