ふるゆらの好きな本たち『天と地の守り人―第二部 カンバル王国編―』上橋菜穂子著 (nya.845)

戸隠 神の道

「ホイ(捨て荷)」の話が忘れられなくて、、、 (2019年2月22日)

私は、大学に入学するまで活字は教科書と漫画しか読まず、それでも一貫して国語の成績が良かったからという理由で「国文学科」なるものに「考えなし」に入学し、慌てて「基本」の児童文学から読み始めた人間です。

そんな私ですので、逆に幼い頃に「本を読んだ」という事件は、レアものとして今も記憶しているのでしょう。(笑)

何しろ私が幼い頃に読んだ本は『101匹わんちゃん』と『日本の神話・説話』だけなのですから。

長じて学校に通う年齢になると、毎年夏休みの宿題の読書感想文のために課題図書を「いやいや」読むことになりましたが、何を読んだのかまったく覚えていないのですから、私の「漫画脳」は大したものです。(笑)

戸隠

『101匹わんちゃん』は動物好きの私が、「てんこもりのワンちゃんが活躍するお話」として気に入ったのであろうと推測できますが、幼い私がなぜ『日本の神話・説話』という面白くなさそうな本を選んだのかと思う時、いつも不思議の念を覚えます。

「昭和」の頃、田舎で子供が育つということは、文字通り「野山を駆け巡る」ことを意味します。

3歳年上の兄がおり、今に至るまで「男らしい」と形容される気性の私は、運動神経もそこそこ優れていましたので、「野山を駆け巡る」ことに何の不満もありませんでした。

そんな私は、同い年の女の従妹が時折り我が家に来ては「おままごと」へ強制参加させられることに、違和感を覚えるくらい野生化していました。(笑)

しかし、そんな私でも、雨が降ったり遊び相手がいなかったりで、ぽっかりと「暇」を持て余すことがあります。

戸隠

「百姓の家の長男」というものは、将来を嘱望されるものですので、兄の学習意欲を高めるために我が家にはお約束の「児童文学全集」がありました。

もちろん「忙しい」時は、そんなものに目もくれない私ですが、ある日ある時、徹底的な暇に負けて「読んでみるか」と思ったのです。

イソップ童話やアンデルセン童話、、、小学校低学年向けの「児童文学全集」は、図書館にあるような大判で背表紙が5cmくらいの太さがあり、それが20冊くらい並んでいました。

「読みたい」という衝動のない私は途方に暮れました。

背表紙ばかり、何度も繰り返し眺めては「ピンとくる」もののなさに、途方に暮れたのです。

しかし、徹底的に暇を持て余す私は、本を読むという苦行と現状の暇さ具合を天秤にかけ、「本を読むほうがまし」と思い直し、意を決して1冊の本を選びました。

それが、『日本の神話・説話』です。

選んだ理由も覚えていて、「神話(=しんわ)という音の響きが好きだな」と意味も分からず思ったのです。

幼い頃から「変人」だったのだなと分かる、鮮烈な記憶です。(笑)

戸隠

古事記から始まるその1冊は、読み始めてすぐに飽きてしまったのですが、私は51才になった今も「神話」が好きなのです。

これはもう、DNAレベルに刻まれた「好き」だとしか思えません。(笑)

今日のブログで採り上げた『天と地の守り人―第二部 カンバル王国編―』上橋菜穂子著も、そんな「神話」の香りのする本です。

上橋菜穂子さんによる異世界ファンタジー小説のシリーズは、守り人シリーズ(もりびとシリーズ※旅人シリーズを含む、全10巻と短編集)と呼ばれ、アニメ化もされ、NHKで綾瀬はるかが主演で実写化もされましたので、ご存知の方も多いと思います。

私は好きな作品ほど、映像化されたものは見ないようにしていますので、活字以外は知らないのですが、このシリーズは様々な児童文芸の賞を受け、2014年には国際アンデルセン賞作家賞を受賞されている、「筋金入り」かつ「本格派」の作品です。

分類としては「児童書」「ファンタジー小説」になってしまうのですが、上橋さんのどの作品も、「ここではないどこか」でありながら、普遍的な所へ心を飛ばせてくれる点で「神話」の香りがぷんぷんして大好きなのです。

シリーズのどの作品も好きなので、また別の折に触れたいと思いますが、私の心に何度も去来するエピソードが入っている『天と地の守り人―第二部 カンバル王国編―』上橋菜穂子著を最初に採り上げようと思います。

戸隠

『天と地の守り人―第二部 カンバル王国編―』は、

再び共に旅することになったバルサとチャグム。かつてバルサに守られて生き延びた幼い少年は、苦難の中で、まぶしい脱皮を遂げていく。バルサの故郷カンバルの、美しくも厳しい自然。すでに王国の奥深くを蝕んでいた陰謀。そして、草兵として、最前線に駆り出されてしまったタンダが気づく異変の前兆──迫り来る危難のなか、道を切り拓こうとする彼らの運命は。狂瀾怒濤の第二部。

https://www.shinchosha.co.jp/book/130281/

というものです。

バルサとチャグムという登場人物の説明を簡単にすると

●バルサ

女用心棒で短槍の達人。通り名は<短槍使いのバルサ>。カンバル国王の主治医であった父が王家の陰謀に巻きこまれたために、六歳で出国した。その腕は一流で、護衛士仲間からも一目おかれている。

●チャグム

新ヨゴ皇国の第二皇子だったが、兄である第一皇子の病死により皇太子となる。14才の時、父である帝に命をねらわれ、バルサたちによってたすけられた。その後、南のタルシュ帝国の密偵にとらえられ捕虜になるが脱出。その際、南のタルシュ帝国が北の国々を侵略しようとしていることを知る。脱出後は、刺客に追われながら秘密裏に北の国々を説得して新ヨゴ皇国と同盟を結び、南のタルシュ帝国を阻み新ヨゴ皇国を救う決意をする。バルサの力を借りて北の国々の一つであるカンバルへ潜入し、南のタルシュ帝国に篭絡されているカンバルの王を説得出来るかどうかが勝敗の分かれ目であると思っている。

 

戸隠

バルサとチャグムが正体を隠してカンバル王国に潜入する時、厳冬の時期にもかかわらず、借金を抱えたせいで妻子を連れて商用でカンバルに向かう家族の一行に行き会い、山賊の出る峠越えをします。

その時に用意するのが「ホイ(捨て荷)」です。

バルサは商人に「ホイ(捨て荷)」の説明をします。

「ホイはね、獲物を追うか、ここで引くか、迷っている盗賊の気持ちを、上手く後押ししてくれる大切な役割を果たすのです。

獲物には逃げられたが、やられっぱなしの無駄骨じゃなくて、多少は手に入ったとなれば、盗賊の頭の面目も立つ。面目を保ったまま退却できる道を作ってやれば引いてくれるものです。」

そして案の定山賊に襲われて進退窮まった時、あらかじめバルサの判断で用意した「ホイ(捨て荷)」をチャグムが商人の荷車から落として、辛くも山賊から逃げおおせます。

命が助かったことが分かった商人は、借金を返すために必要だった積み荷を失ったことを惜しみ、「ホイ(捨て荷)」をしなくても良かったのではないかと、バルサとチャグムの判断を責めます。

 

戸隠

その後、カンバル王国に潜入を果たし、チャグムは新ヨゴ皇国の皇太子として初対面のカンバル王と対面します。

カンバル王は、すでに南のタルシュ帝国に篭絡されています。

チャグムが説得し、チャグムの言う北の国々が同盟を結ぶことが正しいと分かっても、小心な王は自分の面目を保つためだけに前言を翻すことができません。

その時、チャグムは、

「新ヨゴ皇国の皇太子は、天ノ神の子。帝以外の、なんぴとの前でも、膝を折ることはいたしません。しかし、・・・・・」

「・・・・・わたくしは、いま、あなたの前に膝を折ります。」

と言って、床に膝をつきます。

故国では決して下げることのない皇太子の頭を下げ、チャグムがこの同盟に対する必死の覚悟を示したことで、カンバル王は臣下の前で面目を保って前言を撤回し、無事に同盟を結ぶことを成し遂げます。

願い続けてきたことが叶ったのに、チャグムにはよろこびが湧いてきません。

心の底に、しこりのように屈辱感が燻っているのを、チャグムはもてあまします。

だれも、あのとき膝を折った自分を嗤いはしないし、正しい判断だったと分かっていても。

そんなチャグムのこわばった横顔を見ながら、バルサはチャグムに

「みごとなホイ(捨て荷)だったね」

と言い、それを聞いたチャグムの顔には、ゆっくりと苦笑が浮かびます。

戸隠

 

私はこの、「ホイ(捨て荷)」の話を何度も何度も思い出します。

「ああ、ほんとうにそうだな」と思うのです。

大切なものを守るために、時として優先順位を付けて、身がよじれるくらい大切なものを捨てざるを得ないことがあります。

捨てたものに囚われるのは愚かなことだと分かっていても、何度も頭の中で再現しては見悶えます。

自分の手からこぼれ落ちたものが惜しくて、悔しくて、、、その感情に心が蝕まれて身動きが出来なくなるくらい「惜しくて、悔しい」のです。

守りたいものを守った自分を称賛せず、もう二度と自分に戻ることのないものを「手離さないで済む方法があったのではないか」と責め続けることを止められなくなります。

、、、そんな時、私の心の中で必ず『見事なホイ(捨て荷)だったね』という、バルサの声が響くのです。

戸隠 神の道

次は

です。

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