兄と帰省とご縁とOver the Rainbow(嘆息) (nya.461)

礼文の海

涙の雨中ロングウォーキングでした(嘆息)  (2018年2月2日)

その日は雨、私が背中の痛みを抱えて休職を始めて1週間余り、ある朝突然それは「決まり」ました。

私の兄は38才の時くも膜下出血で倒れ、現在53才、左半身不随、高次脳機能障害で車いすの生活を送っています。

左半身不随の身体になって15年、42歳からの介護保険の適用を待って一人暮らしを始めて10年以上、もともと彼が病前に住んでいたマンションが我が家から片道3時間の街にあり、そこで介護ヘルパーの方々の手を借りて住み続けています。

手術で一命を取り留めたもののかなり重篤だったため、医者は手術後数日で「一生、車いすから立ち上がることはない」と言い切り、障害者1級を認定しましたが、3年後には彼は、短距離であれば杖で歩き、室内であれば杖無しで数歩歩くことを可能にしてしまいました。

中、高、大の学生時代、体育会系の部活を続けた経験を持つ彼は、リハビリと学生時代の部活がリンクしたらしく、半身不随の左足に装具を着けて黙々と励み続けました。

彼が倒れ意識が戻るまで1カ月、初めは「このまま植物状態なのか」と思い、その後は脳の梗塞が判断を司る前頭葉に及んでいるために「認知症の老人」のような生活になるのかと覚悟したことを思えば、夢のような現在です。

彼が失った機能は身体だけではなく、脳の機能もまだらに欠落している中で、残された身体と頭脳と根性を掻き集め、倦まず弛まず努力して成し遂げたことを思うと、いつも「人間の意志の力は常識を打ち破るんだ」と明るい気持ちになります。

『坂の上の雲』という言葉がありますが、上り坂の上の空に浮かぶ雲を目指して一歩一歩登った結果、手に入れたものが彼の今の生活であり、そのことによって家族に穏やかな時間を許してくれている、まことに仏さまのような人です。

彼が失ったものの大きさを嘆く気持ちは、十数年経った今でも鋭く心を抉りますが、彼が失わなかったものの幸運が大きく、今となっては感謝する気持ちの方が大きいのでした。

宗谷の湿原

彼は「仏さまのような人」ですが、「人間が出来た人」という意味ではなく、決して「いい人」ではありません。(笑)

どちらかというと「気難しい」人間であり、妹を下僕として成長した兄の幼少期の刷り込みは深く(嘆息)、24時間一緒に過ごすと大抵大げんかになります。(笑)

街中でケンカになった時は、車椅子に座った身体障碍者をののしる私に、周囲からものすごい非難の視線を浴びせられますが、それは理不尽というものです。(笑)

でも彼は決して愚痴りません。(ひがみますが・・・笑)

脳の機能もアレコレ重要なものが欠落していますが、幸運にも暴力衝動や突然奇声を上げるようなこともなく、社会で暮らすうえで必要な「自制」が出来るだけの機能は残されたのです。

彼が今の街に再び暮し、しかも「一人暮らし」が出来るようになるまでには紆余曲折があり、私というハイパワーな妹を持った彼の幸運に依るところが大きいのですが(笑)、実際のところ、今も兄を支えてくださっているNPOのN氏に偶然出会えた幸運によって「道が開けた」のです。

兄の希望を受け、アポをとった上で、彼が住む街のお役所に行き「身体障害者」の窓口にアレコレ尋ねたのですが、担当窓口の対応はまさに「お役所仕事」(嘆息)。

これでは何のために3時間もかけてここまで来たのか分からない、と「闘争心」に火のついた私は、その足で、その時点ではまだ対象年齢に達していなかった「介護保険」の窓口を訪ねました。

そこの担当者の方は、私の瞳の奥に燃えさかる闘争心の炎が見えたのでしょう、その街の福祉関係のNPOでバリバリ熱心なN氏をその場で呼び出してくれました。

10分後にはN氏がお役所に現れてご挨拶、その後は正に、N氏の引いてくださった高速道路の上を走るように、兄の一人暮らしが実現されました。合掌。

宗谷の海岸

そんな兄は「帰るところのある者」の宿命として、GW、お盆、お正月とヘルパーさんの手薄になる時期には早々に自宅へ「帰省」します。

だいたい2週間程度我が家で過ごすのですが、今年のお正月もクリスマス前には帰省し、Uターンラッシュが収まったころに、我が家を出発します。

お正月が明け、恒例になった壮行会(しゃぶしゃぶを私の友人と母と私の4人でたらふく食べる)をし、今日はいよいよ出発という日の朝、兄が何気に「そういえばN氏が、久しぶりに妹さんに会いたいと言ってたわ」と言います。

私の方でもここ半年くらい、N氏に会って兄の今後のことを相談したいと思っていたのです。

N氏はNPOの代表をされている方で、普段は兄もお会いすることなく過ごしているのですが、それでも年に1回は、今回のような帰省の時の「ガイドヘルパー」として現れ、ご縁をいただいた私たち家族と細い糸を結んでくださっています。

お忙しい方なので、緊急性のないことでアポを取ってお会いするのは気が引けるうえに、私自身仕事をしていれば、都合を擦り合わせるのも難しいと先送りしていたのです。

「へえぇ、私もN氏に会いたいわぁ」と言うと、兄が「今日、ガイドヘルパーにN氏が来るってさっき連絡が入った」と言います。

その日の予定は1時間後、父親が1時間かけて新幹線の最寄り駅まで車で兄と車いすを運び、そこで見送る予定だったのですが・・・。

「行く!!、私が、一緒にマンションまで送る!!、そしたら、N氏と1時間以上話せるし!!」

「私は兄のマンションに1泊して帰って来る!!」

と、休職中でなければ不可能な「即断即決」をしました。

これぞ「天の配剤」です。合掌。

てんこ盛りの帰省の荷物を車いすの背中にぶら下げた兄の車いすを押して、N氏との再会を目指して出発したのは雨模様の朝でした。

宗谷の海岸

兄の住むマンションから新幹線の最寄り駅は電車を乗り継いで1時間強かかります。

地元駅で兄がお世話になっている病院スタッフへのお土産を爆買いしたため、てんこ盛りの荷物の上に更に積み増し、私がひそかに「バビロンの車いす」と名付けた車いすを押して(笑)、N氏と落ち合う最寄り駅に到着しました。

N氏と無事再会し、重い兄と、重い兄の荷物の乗った車いすをN氏に委ね、N氏と道々相談しながらマンションに向かいました。

幸い健康ではあるものの、父親が83才、母親が78才となった今、昨年末のように「兄が心筋梗塞で病院に向かっている」と連絡を受けても、即応することが難しくなっています。

私自身が【乳癌ステージ4】であることも伝え、素人では見通せない複数の選択肢のメリットデメリットとその「お値段」について教えていただきたかったのです。

マンションの支払いは兄の生命保険が高次脳機能障害を認めてくれたために完済していますが、家賃のかからない状態で、マンションに住み続け、今よりヘルパーの頻度を増やして兄の体調の変化に対応してもらうには、どのくらいの経費がかかるのか。

マンションを手離し、その費用で「ケア付き」の施設に入居した場合とどちらが「お得」か。

私たち家族が住む地方に引っ越して同じような施設に入るとしたらどうなるのか。

緊急性はないものの、「兄の不安のない幸せ」と兄の障害者年金と私たち家族からの補填費用をミックスして「最善」の道をとりたいんです、とN氏に伝え、N氏は、何パターンか提示できるようにして近いうちにケアマネさんも入れて話し合いましょう、と言ってくださる頃、兄のマンション近くに到着しました。

カモメ

道中の間、雨は降ったり止んだりでしたが、駅を出るとポツポツ降っています。

兄の希望により、マンションの最寄り駅の一つ手前の駅で降りました。

2週間不在にしていた兄は、スーパーで食品を買って帰らなければ何もない、と言います。

マンションは、いつもの最寄り駅と一つ手前の駅の中間にあるので、兄は歩く距離は「そんなに変わらない」「ちょっと遠いだけ」と言います。

兄は、私とN氏を従えてスーパーに寄り、「牛乳パックx3、白菜(1/4)、生しらたき、鍋の出汁パック、鶏肉、パンx4と今晩のお弁当x2とポテトサラダ」を買いました。(毎日昼夜の食事を作りにヘルパーさんが来てくださっていますが、食べたい食材を用意するのは兄の分担です。)

帰省荷物とお土産でバビロン車いすと化している車いすにはこれ以上何かを乗せるのは不可能でした。

N氏の両手は兄の車いすを押すためにある以上、お弁当とそれ以外に分けて2袋、これは私が持つ以外ありません。(涙)

カモメ

スーパーから出ると雨は本降りです。(号泣)

N氏は言いました。「マンションまで15分くらいかかるから、タクシーに乗りますか?」

これは私だけタクシーに乗り、兄とN氏は雨の中車いすを押して歩くという意味です。(嘆息)

「いえいえ、大丈夫です。歩きますよ。」という以外、常識的な田舎者の日本人の返答はありませんよね。(涙)

私は歩きました。

あまりにも兄のスーパーの買い物が重く、持参した傘も差せないので、コートのフードを目深に被って兄たちの後ろを歩きました。

重さで紐のようになって食い込むスーパーの買い物袋を交互に持ち替えるため、お弁当の平衡を保つことは、歩き始めて3分で放棄しました。

兄と、バビロンの車椅子を押すN氏も傘を差さずに進みます。

・・・遠い・・・。(涙)

途中で気付きました。

普段の兄は電動の車いすで生活していて、移動の感覚として歩かない以上それは「車」です。

そして今も、N氏が車いすを押して歩いているのであって、兄は椅子に座っているのです。

そうです、兄の距離感の「あんまり違わない」は、詐欺です。(笑)

ゆうに2倍はありました。(号泣)

マンションに着く頃には、フードを通して浸みこんだ雨に、前髪から雫が落ちていました。

兄のマンションの部屋に入り、N氏は想定以上に時間がかかったため、次の予定が押していたのでしょう、早々に帰られました。

私は、相談に乗っていただいたことを感謝し、雨の中を歩かせたことをお詫びし、さっきまでN氏が押してくださっていた兄のバビロンの車いすの後ろから、雨に濡れた地元のお土産を抜き出してN氏に渡しました。(笑)

カモメ

N氏を玄関で見送り、まず私がしたことは、兄の冷蔵庫からビールを取り出して一気に飲むことです。(笑)

それから、部屋が温まり人心地ついたら寝場所を確保すべく「お掃除」を始めました。

毎日ヘルパーさんが来てくださっていますが、デイケアや通院を組み合わせて介護の点数をフルに使おうとすると滞在時間が限られているため、兄のマンションは「ほこりじゃ死なない」汚部屋になっています。(涙)

私が疲れた身体を横たえるスペースはどこにもありませんし、すべてがほこりに覆われています。(嘆息)

床掃除をしたら勢いがついたので、途中ほとんどすべてが片方に寄ったお弁当を食べ、2本目のビールを飲みながら、トイレ、洗面所、キッチンを拭きまくりました。(嘆息)

翌日の朝起きてみると、あれほど雨に打たれながらも恐れていた風邪はどうやら引かずに済んだと分かり、勝利のVサインとガッツポーズで喜びました。(ビールは偉大なり、合掌、笑)

そして兄のマンションを出た私は、自分が筋肉痛であることを発見しましたが、それが、雨の中のスーパーの買い物袋によるものなのか、果てしなく拭き続けた掃除によるものなのか、もはや判別不能でした。(笑)

ともあれ、風は強いけれどその日は晴れ、一つの手強いミッションを終えた私は、鼻歌交じり♪に我が家に向かいました。

鼻歌は、オズの魔法使いOver the Rainbow》~虹のかなたに~(作詞:E.Y.Haburg 作曲:Harold )

Somewhere over the rainbow

Way up high

There’s a land that I heard of

Once in a lullaby

Somewhere over the rainbow

Skies are blue

And the dreams that you dare to dream

Really do come true

どこか、虹の向こうの空高くに

昔、子守唄で聞いた国があるはず

どこか、虹の向こうに空がとても青く

信じてた夢がすべて叶う場所がある

(おしまい)

空

次は

です。

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兄と帰省とご縁とOver the Rainbow(嘆息) (nya.461)” に対して8件のコメントがあります。

  1. ゆうこ より:

    たいへんでしたね
    お兄さんが安心して暮らせて
    経済的にも無理のない方法を
    提示してもらえますように。
    ミッションを遂行するって
    大変なんですね
    心の安心を得るためにも、なにかしら
    このように代償がつくのでしょうか

    重い荷物を持って遠い道を雨の中歩く、
    というのは人生の象徴ですね
    私は20年程前、芸妓の叔母と城崎の
    お座敷に出ていました
    仕事が終わり、0歳と3歳の子達を
    預かってくれてる人のところに
    もらい受けに行き、0歳を背中に
    括りつけ、眠る3歳を前に抱き、
    着替えやミルクやおむつの入った
    大きいバッグを肩にかけ城崎発豊岡行きの
    終電でアパートに帰るという毎日を
    送っていました
    ある吹雪の日、大雪のためか豊岡駅前の
    タクシーが全部出払っていて待てど暮らせど
    来ないので仕方なく猛吹雪の中
    背中に子、前にも子、大荷物、傘をさし
    30センチ程積もった雪道を歩いてアパートまで
    1時間程かけて帰った事があります
    辛すぎて重くてみじめで情けなくて
    何度そばを流れる円山川に身を投げようかと
    思ったか知れません
    私は孤立無援で四面楚歌でした
    でも、さしていられない傘を捨てたために
    雪まみれになっても眠り続けている子達の
    寝顔を見てどうしても身投げは出来ませんでした

    しかし待てば海路の日和ありです
    ふるゆらさんにもきっと労に報いて
    朗報がもたらされます

    1. ふるゆら より:

      ははは、ゆうこさんに比べれば、私の雨中ロングウォーキングなんてお散歩のようですね。(笑)

      私が「人生の象徴」と思うのは、もっとずっとスケールの小っちゃいものです。

      職場が5階にあり、必ず使うエレベーターが「いつも」4階で下に向かっていたり、結構な本数のあるバス乗り場に着いてみたら必ず「たった今」バスが出た後だったり、大晦日に夜の9時まで働いて、自宅に向かう電車に乗ったら疲れ果てて眠りこみ、乗り過ごして1時間後の電車を寒いホームで待つほかなかったり。

      馬鹿馬鹿しい些細なことですが、「はあああぁぁぁ」と深い深いため息をついて、少し涙ぐんだりします。(笑)

      雨の日もある♪

      風の日もある♪

      たまに晴れたら丸儲け♪

      ですね。(笑)

  2. 金太郎 より:

    こんばんは。

    お兄様の最大の幸運はふるゆらさんの存在でしょうね。
    賢くて優しくてパワフル、どこまでも自然体。
    私にもふるゆらさんのような妹がいたら、、、、。

    それにしてもいつもと趣の異なった風景。
    この中に身を置いてみたいと焦がれています。(但し荷物は無しで)
    なんだか遠い国のようです。
    長い時間見続けてしまいました。

    1. ふるゆら より:

      金太郎さん、スルドイ。

      写真はずいぶん前に、山野草好きのすみればあばを連れて6月に利尻島と礼文島に行った時のものです。

      一番最初の写真がお気に入りで、この世とあの世の間にこんな場所があるんじゃないかと思います。

      雨が上がり、しばらくすると虹が出るかもしれないと思う風景です。

      荒れた海と強風を切り裂いて低く飛ぶカモメもかわいいでしょ。

      礼文島から稚内に戻る船に並走するカモメをえびせんで釣りました。(笑)

  3. たにぞう より:

    お疲れさま!

    1. ふるゆら より:

      はい、ほんとうに疲れました。(笑)

      1. たにぞう より:

        先日、コメント欄でおススメされてた「レッドデータガール」今日図書館に行ったらあったので借りてきました。楽しみです。
        やっと立春ですね、春が待たれた冬でした。

        1. ふるゆら より:

          たにぞうさん、これから「立春大寒波」だそうです。(涙)

          春はもう少し足踏みをしそうなので、暖かくしてご自愛ください。

          『レッドデータガール』は戸隠を舞台にストーリーが進む部分があり、戸隠に「呼ばれて」行ったことがある私としては、すごくリアルに想像できて楽しかったです。

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