乳癌検査結果待ち時間【やるべきこと】② (nya.8)

男の道は険しいけど、行かんといけんのんじゃ
悶々の日々⓷ ”猫が飼いたい、私” (2014年2月15日~26日)
自分が「乳癌なのか、そうでないのか」と悶々としている間にも時間は過ぎていきます。
乳癌という診断を受けた場合は、人生に大きな変化が訪れることは必至です。職場や家では、普段通りに振舞いながらも、結果を待つ10日間、心の中は「あわわ、あわわ」と上を下への大騒ぎです。
現実は待ってはくれません。ある夜は、職場の「送別会で幹事」をして、大いに宴会を盛り上げました。
ある日は、以前から約束をしていた友人とその子供を我が家に招く「焼き牡蛎パーティー」です。殻付き牡蛎を一斗缶買いし、炭をおこしてバーベキューセットを用意、「ストロングゼロ」を飲みながら、殻付き牡蛎を焼きまくって、見事なホストぶりを発揮してみせました。
ある朝は、腰痛持ちでもないのに、起きてみると激しい腰痛で、身体をまっすぐに伸ばすことができません。
すぐに週一で通っているカイロプラクティックに連絡をして予約。
会社には遅刻することを伝えてカイロに寄って小康を得、その日も仕事を休みませんでした。
そんな慌ただしいけれども「普通」の10日間。私のインナーワールドでは、密かに別のミッションを進行させていたのです。
第一は、毎日仕事を終えて自室にこもると、パソコンに向かい、ネット空間をさまよい続けました。
「乳癌とは」から始め、「ステージ別生存率」「部分摘出と全摘出の違い」や「術後の経過」や「乳房再建の功罪」「ホルモン療法」「放射線治療」「抗がん剤治療」を学びました。さらに「治療費」「高額医療費」「医療費控除」と進みます。
第二は、何度も何度も、「私からの癌告知」をシュミレートして、2人に伝えました。
自分が医者から「癌告知」を受けた後は、親しい人に、「私から癌告知」をしなくてはなりません。これまでは、誰にも知られずにいたいと思い、通院も「会社に出勤するフリ」でバレずにやってきましたので、誰に伝えても「悪い知らせ」は心が痛みます。
ここから先の治療段階に進めば、同居している家族にバレない訳がありません。
さらに、治療で仕事を休むことになれば、職場にも伝えないわけにはいきません。悲しいかな、どうしてもカミングアウトせざるを得ないという結論に達しました。
そこで、まず初めに、特に最も嘆き悲しむであろう母親の対策を練りました。母親はかなりエキセントリックな人なのです。
私の友人で、私と母親と友人とで旅行に行くくらい、母親とも親しくしている友人がいます。
その友人に、私が乳癌の検査を受け、結果待ちであることを伝えて、母親がパニクった時に連絡したら、母親の「ガス抜き」をしてくれるよう、頼みました。
職場へは、結果待ちの今の段階では、私が抜けることで最も被害を受ける同僚1人にだけ「癌の可能性が非常に高い」と言われていることを伝えました。
第三は、「身辺整理」と「人生の再構築」です。
与えられた時間がもうあまり長くはない、という前提で、「やり残したことはないの?」と自分に問いかけました。実は、この第三に一番手こずりました。
手っ取り早く「旅行をして、世界の絶景を堪能する」のはどう?と思ったものの、旅行は楽しみますが趣味というほどのこともなく、「死ぬまでにぜひとも訪れたい」と思う場所の候補も思い浮かびません。
第一、私は基本「出不精」なのです。
「何か、したいことや欲しいものはないの?」と自分に何度も問いかけ続けましたが、返答は「・・・・・」です。
私は焦りました。生来、あまり多くものを欲しがらない人間だとは思っていたのですが、さすがにこれはないだろう、と思ったのです。
欲がないのか、足るを知り過ぎているのか・・・、人生の残り時間が僅かだと知って、やりたいことが「ない」ほど、私という人間は枯れているのかと、愕然としました。
うんうん唸り、ようやく閃きました。(ほっとしました)
『猫が飼いたい、私』というものです(笑)
幼い頃から成人するまで、猫を兄弟として成長した私ですが、長い間「いずれ嫁に行く」と思い続けていたので(笑)、猫を飼うタイミングを逸していました。
ずっとずっと、猫が飼いたいと思っていたことをこのタイミングで思い出したのです。
早速パソコンに向かい、『猫の里親募集』サイトを開き、次々に現れる子猫の画像に「萌え」ました。
そして、風太と出会ったのです。
そうです。今現在、私は風太と仲良く暮らしていますが、それは、死を前にして私がしたいこと「ナンバー1」にして「オンリー1」を実現しているのです (笑)
次は
です。

観賞用ではなく、畑に冬咲く菜の花