まいにち風太、まいにち田舎 (nya.1229)

ねこ、風太 寝ぼけ

〈風太のごあいさつ〉このブログは、ラブリーなわしの写真と、季節の田舎の写真です。(写真見て「ホッ」としてくれたら、わし、嬉しいぞ♡)「にゅうがん」のことなら、最初は“にゅうがん4な私と風太(日本猫)のららら田舎生活” ブログについてから読んでください。ほんなら、またお会いしましょう。

ねこ、風太 巡回
すたたた♪
ねこ、風太 巡回
ふんふんふん♪
ねこ、風太 巡回
くるっっ♪

小気味よい効率的な仕事ぶりです。(笑)

 

そして、今日の田舎は、

芽吹きと鳥たち
芽吹きと鳥たち
芽吹きと鳥たち
芽吹きと鳥たち
芽吹きと鳥たち
芽吹きと鳥たち

よく見るといろんな種類の鳥が集まっています、、、集会みたいな?(笑)

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まいにち風太、まいにち田舎 (nya.1229)” に対して 4 件のコメントがあります

  1. 金太郎 より:

    いえいえ、大切になんてとんでもないです。
    一応家事を仕込もうとはしたのですが、あまりの適性のなさに私の忍耐が続かなかったまで。
    散らかっていることが全く気にならない性格なので、整理整頓は苦手というより多分必要性を感じてない。
    食べることそのものにあまり関心のない娘なので、料理はセンスもやる気も限りなくゼロ。
    千尋の谷に落としたら、谷底でこれ幸いと寝込んでしまうような娘です。

    やっぱりふるゆらさんのような娘が欲しかったと再確認(号泣)

    1. ふるゆら より:

      「必要は発明の母」は凡百のことわざよりも真理が含まれていますので、その時が至ればお嬢さまの才覚が目覚めることでしょう。

      私のように僻地に住んでいればコンビニもスーパーも徒歩圏内にはなく、「必要」が生まれるのですが、街に住んでいたらなかなか難しいと推察します。

      先の話には後日談があり、かくして10歳にして長期休暇を「おなご」としてまかない担当となった私ですが、その頃の私のキャラは「ほぼ男らしさ100%」と自他ともに認めるところでした。

      小学校5、6年生になれば家庭科の授業に「調理実習」があり、思春期前の少々色気づいた女の子たちが「女らしい私」アピールを「お菓子作り」に見出していました。

      「変人フラッグ」を立てた私は、せっせと後片付けの洗い物に勤しんでしたのですが、家庭科の先生がすすすっと近寄り「あなたは本当に家でも料理をしているのね、洗い物をする手つきが本物だわ」と囁かれました。

      そこはかとなく、報われた瞬間でした。(笑)

  2. 金太郎 より:

    こんにちは
    鳥の集会ですか?楽しそうですね。
    山歩きが趣味だった亡母の遺した野鳥図鑑なるものを愛読していますが、うちの庭に来る鳥の名前すらなかなか覚えられず、記憶力の衰えを痛感する日々です。
    以前もコメントさせていただきましたが、ふるゆらさんは植物や鳥の名前にお詳しいですね。

    数日前20度くらいまで上がったのに、来週の予想最低気温は2度とか。
    このところ気温の乱高下が激しくて調子がおかしいだけでなく、毎日何を着るべきか迷っています。
    例年よりも長い間収穫できたふきのとうには、君達も大変だよねと声をかけたりも。

    コロナの影響で娘たちの仕事が次々にキャンセルになり、
    長期失業を余儀なくされて家にいるので私はかえって忙しいです。
    フリーランサーは有給休暇をなんぞとのたまわった方も居ましたね。
    潰しの効かない職業で、何の保証もないことの心許なさを味わっているようです。

    せめてもう少し家事能力を身につけさせるべきだったと今更ながら大後悔。
    先日は料理をするというので少し期待しましたが、塩はどこにあるのと聞かれてびっくり。
    娘が生まれてからずっと、コンロ横の同じ場所にあるのに。

    ふるゆらさんのようなデキる娘に育てたかった(涙)

    1. ふるゆら より:

      ははは、金太郎さん、お嬢さまを大切に大切に育てられたんですねぇ。

      私の場合、田舎の百姓の家に「おなご」として生まれた以上、スパルタ式、、、というか、獅子は我が子を千尋の谷に落とす式に仕込まれたのです。(笑)

      あれは私が10才、小学4年生の時でした。

      それまで、長期のお休みの時にはお弁当を作って働きに出ていた母親が、うっかり「今日から夏休み」ということを失念してしまいました。

      昼になり、いつもの場所にお弁当がないので私は、職場の母へ電話して尋ねたところ、パニックった母親は逆上して逆切れ「もう10才になったんだから、お昼ご飯くらい作れます」と言い放ち、、、私は千尋の谷に落下したのです。

      その日以来、その頃健在だった祖父母と兄と私の4人分の昼食を「おなご」として、作り続けましたとさ。(笑)

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