6度めの春も、、、桜花吹雪散歩 (nya.901)

桜

 

桜

 

桜

満開の桜より桜吹雪が好きなのです。 (2019年4月19日)

わらび摘みを優先したので、今年のお花見は諦めていた私ですが、友人に誘われて「ギリギリセーフ」でお花見をすることが叶いました。パチパチパチ。

「花冷え」という言葉の美しい響きと裏腹に、桜の開花の後「凍えるような寒さ」だった今年の春です。

お花見の前日に降った花の雨で、もしかしたら「花吹雪」もないかもしれないと危惧し、そーなったら、葉桜を眺めながらの単なる「ピクニック」だな、と思いつつ訪れてみると、見事な花筵でした。

桜

桜

桜

お花見の当日は、花風というより花嵐のような強風の日で、「桜の花を盛大に散らしているのに、この風の冷たさは何?」と理不尽な気がするほど寒く、カイロをベタベタ貼ってお弁当をいただきました。(笑)

こーゆー時こそ、体の芯から温まる例の奴(酒)をクイッと一杯、というのがいつもの私のパターンなのですが(笑)、放射線治療中ではそうもいきません。(嘆息)

それ以前に、病院で放射線治療を受けた足でお花見をしている私は、車で来ている訳でして、、、まぁ、お酒のことは夢想する他ありません。(涙)

桜

桜

 

桜

・・・という訳で、どれほど桜が美しかろうと、うっとりと眺めて凍えて風邪をひくことは、厳に慎まなくてはなりません。

一度は諦めた「お花見」を出来ただけラッキーというものです。

お弁当を食べて、その後30分ほど桜狩を堪能して、今見ていただいている写真を激写して退散しました。

桜

桜

桜

そーなんです、ココは、30分も桜狩が楽しめるほどたくさんの桜があるのです。

それはもう壮観で、私の住む土地の者は、「桜=ココ」と皆が思っている場所です。

そしてココは、物好きな私が、桜の季節だけでなく折に触れて訪れている件の公園です。

秋と真冬の風情を以前ブログでご紹介したのと、同じ場所です。

桜

桜

桜

本当に、桜という木は春に相応しい木です。

一斉に咲く桜に染まった景色の中に身を置けば、長く厳しい冬に縮こまって、どれほど春の到来を疑っている心も、頷く以外ないのです。

「ああ、春なんだ」と深呼吸する他ないのです。

満開の桜と桜吹雪と葉桜と木々の新緑が混然一体となったこの季節、この瞬間にときめかずにはいられません。

桜

桜

桜

前回これほどの桜吹雪を見たのは、2014年の春でした。

自分が浸潤性小葉癌の乳がんだと知り、ステージ4の末期がんだと知り、1回目の放射線治療を受けた直後でした。

あの時「あと何度の桜かな」と思いながら見上げたのと同じ桜を、2回目の放射線治療を受けながら、自分の足で立って見上げています。

5年という月日が流れたことを奇跡と思い、不思議に思います。

さらにあと5年という月日が流れた時、私はどこで何をしているのだろうと思いました。

やはりこうして同じ桜の木を見上げているのか、「千の風」になって桜を愛でているのか、、、。

5年前に感じた寂しさを今はもう感じることはありません。

2014年の春に桜を見上げた時に、許されると想像もしなかった5年という時間を穏やかに暮らせているのです。

私なりに、あれからいろんなことを感じ、考え、学びました。

そうして生きた5年という歳月は、確かな重みと満足とともに私の傍らにあります。

「生きることを赦され、護られて、今の自分があり、これから先もそのようにして生きますので、桜さん、またお会いしましょう」と、心の中で桜に話しかけました。

桜

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6度めの春も、、、桜花吹雪散歩 (nya.901)” に対して 11 件のコメントがあります

  1. 落野 より:

    放射線治療お疲れ様です
    現在進行形の治療関係は癌治療カテゴリーに分類して下さると読者としては大変助かります
    お手数ですがご検討お願いします
    今後も応援しております

    1. ふるゆら より:

      落野さん、了解しました!!

      2回目の放射線治療の詳しい感想は、改めてまとめてご報告しますね。

      応援ありがとうございます。

      これからもよろしくお願いします。

  2. ちゃこ より:

    いつも楽しみに拝見させていただいてます
    うっとりですわ なんて素敵な場所 羨ましい~(#^.^#)私も行ってみたいです

    放射線治療始まったのですね
    わたしはホルモン剤で経過観察ですが温かくなってきて時々ガンのある二か所が痛むんですが。訴えても 不細工な女医の主治医は「気のせいです」。と”(-“”-)”
     ま、連休明けのエコーで大きさを見て手術のことは目途がつくと思います
    最近は乳管のより脇の下のしこりが日によって硬いというか
    ただ持病のリスクを考えると…手術も不安で。

    それからね
    来月こそ、にゃんこの譲渡会に 家族に黙っていく予定w
    風太ちゃんみたいなキジ白か 茶トラ狙ってます
    もし迎えたらにゃんこより長生きしなきゃね!

    1. ふるゆら より:

      そーなんですよぉ、ちゃこさん、ほんとうに桜きれいでした♪

      がんという病を抱えていると、思うことは色々ありますが、でもやっぱり、行き着くところは「生きることを楽しまなくっちゃね♪」です。(笑)

      手術の目途がついて、心穏やかに「お猫さま生活」が送れるようにお祈りします☆

      何より身近に猫がいると、自然に笑っている自分がいます。

      免疫力UPにこれほど効果的なこともありませんよ。(笑)

  3. かえで より:

    ふるゆらさん、ご無沙汰しておりました。

    治療と禁酒、お疲れ様です。
    諦めていたお花見に行けたのですね、パチパチ。

    わたしはペットロスで落ち込んでいたんですが、桜をみていると心がほぐれてきました。
    やはり特別な花ですね。

    1. ふるゆら より:

      かえでさん、それはそれはお寂しいことですね。

      自分に置き換えて考えてみるだけで、涙、涙です。

      ほんとうに、桜は特別な花です。

      どんなことがあろうと、必ず春は来て、春になると必ず桜が咲いてくれるということが、どれほど心強いか、、、。

      桜が咲き、桜が散る、という当たり前のことが、淀みなく時は流れていくものなのだという当たり前のことに思い至らせてくれます。

      咲くときがあり、散るときがある、出会い、別れ、喜び、悲しむ、すべて等しくそこにあります。

      いずれは散る桜なのだから、愛でるのは虚しいことだと思わず、美しく愛おしいものに出会えた喜びの方を心に留めようと思うのです。

  4. ゆうこ より:

    5年前に感じた寂しさを今はもう感じることはありません
    というのが本当に嬉しいなあと思います
    一瞬恐ろしいように見えるどんなことも
    気楽に深刻に受け止めないように出来るかどうかの
    ゲームのようなものですね
    これは簡単そうでとても難しいことです
    感情があって、苦しい 悲しい 辛い 怖い の海に飲まれて
    しまうからですね
    しかしこれらは深刻な現実では実はなくて
    生きている間だけの夢を見ているようなものだと
    捉えることも出来るわけです
    ブッダは
    「物体には、それ自体の実在性というものはなく、心が
    そのように見ているだけである。ゆえに、その本質は
    幻想であり、夢である。」
    シェイクスピアは
    「われわれは、夢と同じようなものでできており、
    われわれのはかない命は、眠りとともに終わる。」
    デカルトは
    「これについて慎重に考察するなら、目覚めている状態と
    夢を見ている状態を確信をもって区別できる特質という
    ものは一つとして存在しないことがわかる。それならば
    この生命自体が夢でないと、どうして確信できるだろう?」
    と言っていました
    ふるゆらさんは放射線治療を受けている患者さんかも
    知れないけれども 気持ちを明るく楽しく穏やかに保つことに
    成功していると思います
    これからもまだまだたくさんの嬉しいこと素晴らしいこと
    楽しいことが待っていますよ!
    そんなふるゆらさんのことを聞かせていただけることを
    この上ない恩寵に思って感謝しています

    1. ふるゆら より:

      そうですねぇ、、、最初に病気と知って見上げた桜は、「これがあと僅かで、私から取り上げられてしまうのか」と惜しいという気持ちで一杯、眼に焼き付けようと必死でした。

      それほど大切なものだと思っていなかったものが、それを手離さなくてはならないとなって初めて、これほど愛おしいものだったのかと知ったのです。

      桜に限らず、そうしたことが身の回りにたくさんあって、病に急かされるように大急ぎで価値観の置き換えをした5年間でした。

      今はもう、それが自分にとって愛おしいものなのだとよく分かって見上げる桜ですから、愛おしさだけが心に湧いてくるのでしょう。

      思いがけず赦された5年という時間に、感謝するばかりです。

  5. sizu より:

    …今日も素敵なブログです

  6. あきたろう より:

    登録名を変更させていただきます。
    家内も4ヶ月続いた軽い抗癌剤治療も、変更になりそうです。
    でも元気です。
    マーカー数値は2回連続で少し上がってますが、本人はこの程度は横ばいとか。
    妻、以上に大変は子供たち。
    2人とも就職できたのに、重度の鬱病になったり2人とも辞めアルバイトです。
    私は秋には66歳。
    腕は痛い、帰国したら食器洗いのお手伝い。
    それで今回は指先がひび割れてとても痛くなりました。
    妻はクリームとか塗ってケアをしないと度目よ、と言ってくれます。

    1. ふるゆら より:

      あらあら、66才のあきたろうさん、いろいろ大変です。

      どうやら我が家と「ギリギリ家族」のデッドヒートですね。

      食器洗いの「お手伝い」で、指先がひび割れ、、、、食器が大量なのか、あきたろうさんの指先がナイーブすぎるのか、、、。

      とにかく、こーゆー時は「いいこと」を数え上げるのです。

      奥さまの腫瘍マーカーが落ち着いている、ラッキー☆

      あきたろうさんは、66才なのに働けている、ラッキー☆

      お子さんたちは、いろいろあるけど五体満足で、自分の足で立ち、自分で好きな所へ行くことができる、ラッキー☆

      私は兄がくも膜下出血で左半身不随になり、障碍者施設に入居していた時、入居者の方々と触れ合い、ほんとうに様々な人生があるものだと知りました。

      それまでの私が「様々な人生」として見ていた視野のほかに、広大な「様々な人生」が広がっているのだと、、、。

      海外にお住いのあきたろうさんには、釈迦に説法ですね、すみません。

      『何ももたぬという人でも、天地のめぐみをいただいている』(日本画の女流画家小倉 遊亀)です。

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