5回目の早春に河川敷を歩く (nya.495)

早春の河川敷

早春の河川敷

またここを歩くことになろうとは・・・・・(笑)  (2018年3月9日)

これはちょっと自慢なのですが、私は河川敷でアゲハ蝶と一緒に、1時間くらい日向ぼっこをしたことがあります。

私のブログの田舎の風景でたまに登場する川は、一級河川に指定されている大きな川です。

自宅から歩いて行ける距離ではなく、車で15分くらいでしょうか。

信号の少ない田舎の道を車で15分となると10km弱「まあまあ遠い」感じです。

春や秋のひたすら心地いい時期に、今読んでいる本を読み進めたいけれど、部屋に閉じこもるのはもったいないと思う時は、本を持ってこの河川敷を目指すこともあります。

ずいぶんと前の春のことですが、河川敷に降りて水際の適当な石を選んで座り、本を読んでいると、水面から1cmくらいの水の中にアゲハ蝶が「漂って」いるのを発見しました。

ピクリとも動かず水中におられるのですからお亡くなりになっているのでしょうが、見た感じどこも傷んでいなくて美しいままのお姿でした。

このまま水の中で朽ち果てるのも気の毒と思い、「どうして水に落ちたんだか」と思いながら羽をつまんで水から引き上げ、近くの石の上に乗せ・・・、しばらくするとそのアゲハ蝶は動き始め、なんと生きておられたことが判明しました。

まず、そのことに本当に驚いたのですが、さらに驚いたことに、近くに適当な掴まるものがなかったのでしょう、その後アゲハ蝶はゆっくりと私の膝辺りまで「登って」きて、読書を続ける私の膝で濡れた羽をゆっくり動かして乾かし始めました。

すっかり嬉しくなった私は、アゲハ蝶を手のひらの上に乗せてみたり、肩のあたりに止まらせたりと楽しんだのですが、1時間ほどするとすっかり乾いたようで飛んでいってしまいました。

そのアゲハ蝶が菜の花に止まったことを覚えていますので、今よりもっと遅い春の出来事でした。

そんな夢のような出来事があったせいか、私は河川敷をますます気に入り、月に1回くらいは立ち寄るようになりました。

早春の河川敷

早春の河川敷

私のような田舎に住んでいても「電線」のない場所というのは意外に少ないもので、その点河川敷は電線に遮られることのない広い空が楽しめます。

このまま土手沿いの道を車で下れば20分ほどで海なので、河口に近い川の流れは、風のない日なら水面を歩いて渡れそうなくらい穏やかです。

ある程度の広場が整備されていますが、特に遊具があるわけでもなく、土日を避ければ数人の見知らぬ人たちと空間を独占出来ます。

ですから、いろんな用事で車で出かけ、急ぐ用事のない時は遠回りしてでも河川敷沿いの道を選んで景色を楽しみ、さらに時間に余裕がある時は、河川敷に降りて深呼吸をします。

私と河川敷の関係は、そんなふうにつかず離れずな感じ(笑)ですが、一時期は河川敷に通い詰めたことがあります。

2012年秋、めまいを発症して休職し、復職に向けてのリハビリとして「歩く」ためです。

川の土手沿いに車道がありますが、それに並行して河川敷に降りると、車の進入禁止された遊歩道がほぼ直線で2kmほど続くのです。

早春の河川敷

早春の河川敷

田舎なんだから、近所をどこでも歩けばいいと思われるでしょうが、家の近くを歩けば「風よりも早く」噂が駆け巡ります。(笑)

私の住むような田舎で、独身で50才の女は「パンダ」のような希少生物であり(笑)、年寄りたちの「観察対象」である以上、家の近所を歩く、しかも毎日、しかも日中、となるとどんな「ブラック」な噂を立てられても仕方のないことです。(嘆息)

そんな環境で健康的なウォーキングが成立するはずもなく、耳目を集めずにウォーキングしたいなら、近所のお年寄りたちの生息域から脱出するしかないのです。(笑)

そこで、閃いたのが河川敷です。

あそこなら、座ろうが歩こうが走ろうが自由自在です。

車を停めた場所からの距離を把握しながら歩けるので、途中で力尽きて途方に暮れることもないでしょう。

時は秋、心地よい日差し、心地よい風、心地よい風景、歩かない理由がありません。

その時は、1カ月くらい通ったでしょうか。

めまいのために安静な生活を送っていた私は、だいぶ良くなったとはいえ、歩くことで常に視線が揺れることが、十分にハードな刺激と受け止める身体になっていました。

最初は本当に短い距離から歩き始め、スローなランニングやわざと上下動のするランニングなどをして、そこはホレ、体育会系な私ですから、最後には片道2kmの遊歩道を2往復(=8km)走れるまでになりました。(笑)

早春の河川敷

早春の河川敷

しかし、8kmのランニングが出来たからといって、めまいが克服できたわけではありません。

その後は「ショッピングモール徘徊トレーニング」をしなくてはなりませんでした。(笑)

河川敷を歩くことで自信をつけた私ですが、ある時買い物に行くと、どうしたことでしょう、ものすごくふらつくことを発見しました。

どうやら、視線の上下動には慣れたものの、視線の焦点を遠近に合わせて見ることを繰り返し要求される刺激にはまだ対処できないようでした。

私は歩きました。出来るだけ広いショッピングモールを選んで彷徨い続けました。(笑)

なるほど、河川敷では得られない刺激がショッピングモールにはあります。(笑)

自分の欲しいものがどのあたりにあるかと遠くを見て、欲しいものがあれば値札の小さな数字を見て、ショッピングモールはこの繰り返しです。

普段は無意識にしていることで、ストレスに感じたこともないことが、この時の私には「トレーニング」でした。

幸いなことが一つあるとすれば、そのようにショッピングモールの徘徊を繰り返しても、めまいに対処するのが精一杯で、衝動買いに走る余裕がなかったことでしょうか。(笑)

何しろショッピングモールは広く、欲しいものがあっても遠くのレジに辿り着くという試練を乗り越えなければ買えないところがミソですね。(笑)

その後は、休職のまま職場復帰し、最初は4時間勤務を1週間、翌週は5時間というふうに徐々に勤務時間を伸ばし、2か月かけてフルタイム勤務に身体を慣らしてから復職しました。

未だに気圧の急激な変化が起きるようなお天気の時には、めまいを感じることがありますし、体調が良くない時にスーパーに行くと「懐かしい感じ」が蘇ってきます。(笑)

早春の河川敷

早春の河川敷

そして現在・・・、3月に入って急に春めいて気温も高くなりましたので、先日「啓蟄に合わせて動き出す私」を笑いながら、久しぶりに河川敷を歩きました。

めまいのための河川敷トレーニングから5年と半年、自分が浸潤性小葉癌という乳がんで骨転移無数、リンパ節転移無数の末期がんだと知って4年が経過し、再び河川敷を歩く日々が巡ってくるなんて、・・・いろんな意味で感無量です。(涙)

5年半後にまた「歩くこと」から体力作りをしようかと思う事態になろうとは、めまいを抱えた私には想像もつかないことでした。(涙)

自分が【乳癌ステージ4】だと知った時、4年後の早春に「筋力をつけるためにも歩いてみるか」と、呑気に河川敷に通える身体でいられるとは想像もつかないことでした。(涙)

その日は暖かいものの風の強い日で、河川敷はまだまだ「春」を感じられるものではありませんでした。

下生えの草の緑が、茶色の枯草の足元からやっと顔を出す程度の「早春」です。

この枯草の野原があと2か月もしたら、すべてが緑になるのかと思うと、改めて自然への畏敬の念を持ちました。

私も草や自然の生命力を見習って、出来ることを一歩一歩です。

「今までもそうしてきたのだから、これからも何とかなるでしょう」と思えた早春の河川敷でした。

いつかまた、アゲハ蝶に遊んでもらえるかもしれません。

早春の河川敷

早春の河川敷

河川敷 遊歩道

12年9月河川敷

次は

です。

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5回目の早春に河川敷を歩く (nya.495)” に対して 6 件のコメントがあります

  1. ともろー より:

    ふるゆらさん、おはようございます

    朝から素敵なお話、ありがとうございます。

    去年の今頃までは雪の中でも時々歩いていたこと思い出しました。
    術後は愛犬との散歩以外は、仕事に体力温存!と、思って控えていたんですが。ムズムズしてきましたよ(笑)

    ふるゆらさんと揚羽蝶のお話に背中を押された気分です。

    3月は色々なことを思い出し、感慨深い月です。
    毎日生かされていることに感謝します。

    1. ふるゆら より:

      おはようございます、トモローさん。

      そちらはまだもう少し冬でしょうか。春が待ち遠しいですね。

      でも太陽はこちらとおんなじでから、日差しはぐんぐん力強くなっていますよね。

      北海道にもアゲハ蝶はいますか?

      健太くんとお散歩、春の日差しの中でアゲハ蝶に出会えたらすてきですね。

  2. ゆうこ より:

    素晴らしいお話し、ありがとうございました
    死んだと分かりきっている蝶を引き上げて
    再度、生命を吹き込むなんて……
    復活 再生 奇跡のエピソードですね
    あまりの素敵さにしばし茫然としました

    河川敷のお話も感慨深く、ふるゆらさんが
    ここを5回目も歩けたというのがどれだけ
    意外で不思議で畏れ多く思っているのかが
    伝わってきて完全に生かされている人の生
    というものをしみじみ考えさせられました

    私は昨日娘の大学の卒業式に出席するため
    早朝から混み合う電車で出かけたのですが
    激しい頭痛と靴擦れの痛みとアレルギーの
    全身のかゆみが勃発し、構内に辿り着いた時には
    (この学校は構内のホールで式を行います)
    限界になり、せっかくそこまで来ていながら
    式に出ず、トンボ帰りして帰宅し、
    バファリンを飲んで夜まで寝たきりでした
    もう人並みの事もとうとう出来なくなったと
    残念に思いましたがこれも何でも自分の力で
    やってると思うな、という神様の思し召しと思う
    ことにしました

    1. ふるゆら より:

      ゆうこさん、ゆうこさんのおじょうさん、ご卒業おめでとうございます。

      ゆうこさん、卒業式に出席できなくて残念でしたね。

      でも、そんな体調をおして、娘さんの卒業を祝おうとされたゆうこさんの気持ちは、きっとお嬢さんにも伝わっていますよ。

      今度、別の体調のいい日に、お嬢さんと外食されて「卒業を祝う夕べ」を2人でされるのは、どうですか?

      大学を卒業されるまでにお子様が立派に成長されたのですから、ゆうこさんもまた、お疲れさまでした。

      海外に合わせて、学年の初めを秋にするという意見を聞きますが、やはり、日本人の門出は春が相応しいと思います。

      春に芽吹く自然の生命力が、同じく生命力が横溢した若い人たちの背中を押してくれるように思います。

      お嬢様の新しい人生への船出ですね。

      豊かで実り多い時を歩まれることをお祈りします。

      1. ゆうこ より:

        素敵なご提案ありがとうございます
        それはいい考えですね
        なにかおいしいものを近いうちに
        食べに行こうと思います(^^)
        この日、是非私に会って御挨拶したい、
        という娘の彼氏も来ていました
        はじめましての御挨拶のあと、
        「私は頭が死ぬほど痛いんで帰らして
        もらいます。私の代わりに式に出て
        もらえますか?」と言い残し
        早々に立ち去った私は馬鹿母と
        思われただろうな〜
        その時の娘の顔が忘れられませんΣ(゚д゚lll)

        1. ふるゆら より:

          ははは、ゆうこさん、ゆうこさんのおじょうさんの彼氏ですから、そんなふうには思われませんよ。

          ゆうこさんとご家族が支え合って生きてきた歴史があって、今のおじょうさんが出来上がっていて、そんなおじょうさんが気に入ってお付き合いされている彼氏なのですから。

          少々のハプニングを受け止められないような彼氏を おじょうさんが選ぶとは思えませんしね。

          おじょうさんとすれば、いろいろな心の準備をして迎えた卒業式当日ではあったでしょう。

          でも、彼氏よりお母さんとの付き合いの方が断然長いのですからね、「やっちまった」感はあったでしょうが、これからも長くお付き合いを続ける彼氏に、ゆうこさんというお母さんも含めてありのままの自分でやっていけるという自信があるから、彼氏とのセッティングを設けようと思われたのでしょう。

          せっかくステキな春ですから、みんなで楽しんでくださいね。

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