業務連絡、金曜日の近況報告は不定期にします。(nya.1174)

みかん

蜜柑の木、ぜったい、これがクリスマスツリーの原型だと思うんですよね。(笑) (2020年1月17日)

毎週金曜日には、「末期がんの私だけど心配ご無用、無事に生きています」という近況報告も兼ねて、その時々の心に浮かんできたことを少し長文でブログにアップしてきましたが、休職生活も3年目に突入する「マッタリ=マンネリ」生活では、ネタが枯渇するようになりました。(笑)

昨年の後半は、もう月曜日あたりから「金曜日のネタ」を考えてソワソワし、「何かないかな、何かないかな」と頭や心の引き出しを開けたり閉めたりして落ち着きませんでした。

こういうのを「貧すれば鈍する」と言うのだなぁと思うのですが、何しろ今の私は「人生のお昼寝」というモラトリアムの真っ只中、生来の怠け癖と相俟って、ぼんやりすることが楽しくて仕方がないので、いきなりアクティブになることもない訳で、じり貧です。(笑)

みかん

 

みかん

 

みかん

もっとも、「ネタの枯渇」は有難いことなのです。

間違いなく「無事こそ奇跡」だからこその平穏の証左でもあります。

いつまでも「今」の平衡が保たれることはないという覚悟を持つために、自分の家族に「ギリギリ家族」と命名しましたが、緩やかに下りながらも驚くほど長くギリギリに踏み止まっています。

健康そのものの85才の父、心臓が弱り階段から落下した80才の母、38才でくも膜下出血で倒れ、左半身不随、高次脳機能障害の体で18年サバイブしている56才の兄、乳がんステージ4で6年サバイブしている私、、、うう~ん、びっくりするほどギリギリですね。(笑)

みかん

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2019年、最も下降曲線を描いたのは母親で、その変化に付随するアレコレは色々あって、このことを書けば「ネタの枯渇」から脱出できるくらいのものなのです。

ですが、、、折角「牧歌的」に進めているこのブログが、長年の「母娘の確執」絡みのアレコレで、一気に「火曜サスペンス劇場」に変質してしまいます。(笑)

しかも、令和のこの時代に、ドン・キホーテのように敢然と一人「昭和初期の家父長制」を生きる父親のいる田舎の百姓家で「おなご」であることは、生活のアチコチがアパルトヘイトなのです。(嘆息)

まぁ、そんなこんなで、私の心象風景では、吹きすさぶ寒風、断崖絶壁に打ち寄せる荒波を見下ろして絶望するヒロインのような感じの時もありますが、それをこのブログでご披露するつもりがない以上、ネタが枯渇する次第です。(笑)

みかん

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そんなこんなで、昨年後半、金曜日のブログネタに頭を絞ることに疲れを覚えるようになり、「ちょっと、休憩しようかなぁ」と思い至りました。

もちろん、これまで通り「近況報告」や「散歩シリーズ」や「ふるゆらの好きな本たち」を心に浮かぶままに書くつもりですが、「何が何でも絞り出す」ことをせず、自然に感情が動いた時、不定期に金曜日にアップしようと思います。

「そーだ、そーしよー♪」と決めたのは昨年末で、「キリがいいから、2020年の年初からそーしよー♪」と思い、1月からは「不定期やる気満々」だったのです。

ですが、、、物事というものは得てしてこんなもので、「不定期」を目指す決めると「毎週言いたいことが湧いてくる」事態となり、所信表明が今となりました。(笑)

みかん

みかん

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もっとも、私にとって「書く」ことは、「自省」や「校正」とは無縁に書き散らすのみで気楽な楽しみです。

名文を書こうと苦痛になることはなく、むしろセルフメンテナンスとしても有効かつ安上がりで、デトックス効果もある心地よい作業です。

むしろ心の趣くままに「書きたい」欲求は常にあるのですから、ご安心ください。

ただ、毎週金曜日のブログためにあたふたすることが増えてきた時、「ああ、私、またやってるな」と思ったのです。

何をやっているかというと、自分で自分を縛ること、です。

みかん

みかん

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「素直に弱音を吐く」柔らかな心を手に入れること。

これが私の今生のテーマ、このことが出来ないばかりに何度壁に頭をぶつけたことでしょう。

長く「私は負けず嫌いなんだ」と思い込んで目を逸らしてきましたが、これは「勝ち負け」ではなく「信じるか信じないか」なのです。

私は「出来ない」という自分は許されないのではないかと、髪の毛一本、怯えているばかりに弱音を吐くことが出来ないのです。

でも、私を大切に思ってくれている私の大切な人たちのことは、もっと信じて甘えたらいいのです。

、、、ですので、今後、金曜日が「まいにち風太、まいにち田舎」の時も、慌てず騒がず暖かく見守ってやってください。合掌。

おしまい。

追伸、何もかもが枯れ葉色になってしまった冬の山で、葉っぱも実もピカピカ輝く「蜜柑の木」に出会うと、やっぱりこれが日本書紀の言う、常世の国(とこよのくに)に、黄金色に輝く実が年中いい香を放ち、不老不死の力を持っているとする「非時香果(ときじくのかぐのこのみ)」の親戚だろうと思わずにはいられない神々しさです。

みかん

次は

まいにち風太、まいにち田舎 (nya.1175)

です。

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業務連絡、金曜日の近況報告は不定期にします。(nya.1174)” に対して 8 件のコメントがあります

  1. sizu より:

    <<<<<ウーン、ふるゆらさんも大変ですね

    こうなれば元気な父上と 乳がん4とは思えない幸運の持ち主の

    ふるゆらさんが頼りですね

    そうです!何がなんでも金曜日と縛る必要はありません

    前の目標は金曜でも、それはそれで何年も続けられた!

    今は今です。できるようでいいのです!

    しかし、その中でも楽しい文体に感心します

    火曜サスペンスドラマ(私サスペンスドラマは嫌い人間(笑))ですが、

    人の性格は家族といえども 地域、家風、それぞれで、お互い正しいと感じる羅針盤が違います

    言い合えば疲れます。無駄な抵抗しない方がいい時もあります

    すれ違う確執は語るのも疲れるものです

    それにしても 今日の密かんの写真!

    緑のなかのオレンジ色は本当に目にあざやか!祝福の木のようです

    また その木の周りに射す色のグラデーションの美しさ!

    光の丁度良いのが撮れていますねぇーーーーー

    写真も又、偶然の出会いで、無理なきようになさってね...

    1. ふるゆら より:

      はい、sizuさん、ありがとうございます。

      人間誰しも多面的な生き物で、矛盾を抱えていますよね。

      私の場合、牧歌的に生きたいのに、家庭が「火曜サスペンス」というのが最大の矛盾です。(笑)

      でも、いくら「悲劇のヒロイン」でいようと思っても、歩いて数分もすればたわわに実るミカンの木に出会い、空を見上げれば雲がどんどん風に飛ばされていて、私の足音を聞きつけた風太がどこからか現れて、私の足にマーキングする環境では、「火曜サスペンス」を続けるのは難しいです。

      ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが『置かれた 場所で咲きなさい』という本を書かれています。

      私は読まずにタイトルだけ記憶しているのですが、まったくもって、その通りです。

  2. ゆうこ より:

    ああ良かった そうして下さい
    これを書くのも勇気が要ったんじゃないでしょうか
    ふるゆらさんのお書きになるものはクオリティが
    高過ぎるのです
    よくもまあこんなに続けてこられたものです
    誰も真似出来ません
    書く ということは実は100%神様由来なのです
    人間が頭で 何か思いつく、それからそれはいったん
    神様のフィルターを通して、また人間の脳に降りて
    それから初めて手が文字を打ちます
    私の今書いてる こんなコメントですらそうなのです
    他の方々のアメーバブログ等をご覧下さい
    とってもくだらないです←失礼
    でもそのくだらなさが良いところなんですね
    ネタが枯渇するのは良いことです
    それは怒濤のごとく書くべきことがそのうち出てきますよ
    ということです
    地球規模でなく宇宙規模、いやもっと果てしなく無限の
    アカシックレコードに繋ぐのです
    書く人を神様にしてしまうのです
    でないと人間なんて何も書けるものではありませんものね
    書きたいと思った時だけ書けばいいのです
    人の喜ぶ内容でなく、ふるゆらさんの書きたいと思ったことだけを。
    ふるゆらさんが書きたいと思ったものは すべからく それは
    神様が書いて欲しいと思っているものです
    書きたいと思うものがない時は書くべきではありません
    必ずしょうもないものが出来上がります
    ああ もう書かなくていいわ、やった〜〜!と脱力すると
    何故か書くことを思いついたりするものです
    思いつかなければ書くべき時ではない、それだけです
    どうか気楽になさって下さい
    療養中なのですから
    ふるゆらさんはもうすでに充分書きすぎたほど驚異的に
    貢献なされました

    1. ふるゆら より:

      ゆうこさん、ありがとうございます。

      誰に強制されたものでもなく、根拠なく自分で決めたルールなのに、それに縛られることの何と多いことでしょう。

      「自分」というセルフイメージが窮屈になったのなら、認識を変えればいいだけなのになかなか気付かない、、、気付いてみれば「誰?こんな所に石を置いたのは?・・・私か(嘆息)」てなもので、ちゃっちゃと石をどけて「あ~あ、早くこうすれば良かった」と思うのです。(笑)

      まぁ、こんな出来の悪い私ですが、もう50年以上こんな自分と付き合ってきたのです。

      もう少し、自分の操縦が上手くなってもいい頃合いですよね。(笑)

      1. ゆうこ より:

        自分の操縦ほど難しいものはないんじゃないで
        しょうか
        血を流す思いをしますね
        自然なままの自分では許されないことが
        あります
        心のコントロールは本当に難しいです
        私は子離れに一年悶絶しました
        孤独で空っぽになってしまい空虚感半端なかった
        です
        こんなことがこんなに苦しいなんて思いも
        よりませんでした
        子供が巣立つのは喜ばしいことなのに理屈じゃ
        ないんですね
        しかし時間が私を成長というか諦めをもたらして
        くれて今ではどれだけ離れていても連絡が
        来なくても心配しなくなりました
        そして先月の年末もまた自分の心を無理矢理
        へし折って断腸の思いで断ち切ったことが
        あります
        これを手放すくらいなら私でいる意味が無いん
        じゃないかと思うくらい大切なものを手放し
        ました
        血を流しましたがなんとかなった気がして
        います
        大事に思うものは全て手放さなければならない
        運命にあります
        おそらくそれが本当の愛だからですね

        1. ふるゆら より:

          はぁ~、ほんとにいつまでたっても自分の操縦は難しいですね。

          以前ブログで紹介した上橋菜穂子さんの作品の中の「ホイ」のようなこと、生きていると何度もあります。

          でも、それって、話が飛躍しますが、「いつ自分が死ぬのか知らない」から許されているトライアルなんだなぁと思うんです。

          どれだけ長寿であっても、自分が何才、何月何日に死ぬと分かっていたら逆算して、いろんな出来事を解釈してしまう心を防いでいるのだなぁと。

          だから、いいことも悪いことも、心の奥深くまで感情が揺さぶられる体験になるのだと思うのです。

  3. たお より:

    ふるゆらさん、こんばんは。

    いつの間にか、ファンの期待に応えようと、無意識のうちに頑張るようになっていたのかな。
    書くってことは、ある時は、ガス抜きに、またある時には深呼吸にもなりますよね。でも、たまにガス欠や過呼吸を誘発してしまうことも。
    私も書くことが好きで、書くことで自分の頭と気持ちを整理していた時期がありました。けれど、40代半ば辺りからかな、物事の処理能力と気力が不十分で、日々の雑務とぼんやりノロノロしているうちに一日が過ぎるようになってしまいました。それでも、たまに、無性に書きたくなるのはなぜでしょうね。

    何か思いついたり、ちょっと愚痴りたくなったり、自慢したくなったり、むくむくと書きたい衝動が湧き上がってきたりしたら、金曜日に限らず「ねえ、ちょっと聞いて」というノリで書いていただけたらと思います。

    ちなみに、今日の午前中、50代半ば過ぎの私は、呼吸以外に大したことはしていませんでした。だから、返信もお気遣いなくおねがいしますね。では、また。

    たお でした。

    1. ふるゆら より:

      たおさん、ありがとうございます。

      私の人生「ただ今お昼寝中」ですが、さらに深く寝てしまおうという感じです。(笑)

      私にとって書くことはいつだって「気軽なレクリエーション」ですし、今もそうなのです。

      「お題」が見つかればスラスラ書けてしまうのですが、いかんせん「お題」のひらめきに乏しいのが「ただ今お昼寝中」の暮らしです。(笑)

      40才になる頃から、これからは、今まで着込んできたものを1枚1枚脱いで、身軽になっていくんだと思っていたのですが、なかなかに脱皮するのも難しいです。

      脱力して、身軽になって、楽しく歩きたいものです。

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