第二弾「乳癌ステージ4告知」友人行脚はじまる④  (nya.272)

鴨 2羽

君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・・成長した部分もある2人(笑) (2017年7月28日)

 

今年の3月に音信不通だった友人たちに手紙を出し、私が【乳癌ステージ4】だとお知らせすると同時に「久しぶりに会えたらいいなぁ」と伝えました。(参照:第二弾「乳癌ステージ4告知」友人行脚はじまる① (nya.195)

それらの友人たちは、私が定年退職後に「時間が出来たら会おう」と思っていた友人でした。

頻繁に顔を合わせていた時から「四半世紀」の時間が流れようとも、会えば普通に友人としての会話が弾むだろうと思える人たちです。

もうすぐ自分が「半世紀」生きたことになることにも驚きますが(笑)、友人と会わない時間が「四半世紀」にもなるということにびっくりです。

 

知らない間に会わない時間が膨大に降り積もり、友人と共有した時を振り返れば、「遥か遠く」なっていることに『知らない間にけっこう歩いたんだな、私』茫然としてしまいます。

すべって転んで膝をすりむき、躓いてうな垂れ、頭打って己を呪い、五里霧中、七転八倒、七転び八起き、一日一日、一歩一歩、歩いている時は、「まったく進んだ感」がないのにです。(笑)

鴨 2羽

今回会った友人は、私が就職し、新入社員で初めて配属された部署にいた1年先輩の同僚です。

結論から言えば、四半世紀ぶりに会ってみると、お互い出発点は「M」だったのに、私は「LL」、友人は「3L」に成長していました。(笑)

それが今日のタイトルです。(笑)

 

一緒に働いたのは3年余、「同じ戦場をサバイブした仲」です。(笑)

私は平成2年入社ですので、バブル絶頂の時代を「女子大生」として過ごし、バブルの「甘い汁」をシャワーのように浴びて社会人となりました。(笑)

旧来の常識を持たない新入社員が「新人類」と呼ばれるようになって久しく、私たちの時代はさらにそれを越えた常識の無さで「超人類か・・・」と、世の大人たちに忌み嫌われていました。

今「平成真っただ中」になってみれば、チャンチャラ可笑しい偏見です。

私たちはガッツリ「昭和のスポ根」が注入されている世代です。(笑)

その時は「そうかなぁ」と思わないでもないので「そうっすね、ははは」と笑って受け入れていました。

とにかく景気が馬鹿のように良かったので、仕事がただただ忙しく、まさしく「スポ根」が求められました。

半年前まで「蝶よ花よ」と持て囃された女子大生であった私が、入社後は「牛馬のごとく」働くことが求められ(笑)、あまりの環境の変化に順応することで精一杯でした。

2匹のアゲハ蝶

日本において「大学生」という身分は、ある意味『貴族』です。

学生というカテゴリーの中で最年長であり、実際に成人していることから、「大人」として扱われて飲酒、喫煙もOK。

学生である以上、大学を卒業しなくてはなりませんが、そのための「お勉強や研究」は卒業できる範囲であれば、熱心でも不熱心でもOK。

アルバイトをして生活費を稼ぐ必要がある場合もありますが、たいてい親の援助を受けられ、その使い道も「電熱光費と家賃を滞納しない」限りフリー。

可処分時間がふんだんにあり、自分の興味がある分野、勉強、バイト、部活、サークル、趣味に、その時間を注ぎこめるのです。

私自身の大学生活4年間を総括するなら「酒を飲んだ、本を読んだ」でしょうか。(笑)

生産性を求められず、時間を消費することを許された「大学生」は、現代の貴族のようだと思って大いに楽しみました。

 

シラサギ整列

そんな「貴族」だった私が社会人となって、最も大きなカルチャーショックを受けたのが「大人扱いされない」ということでした。

ついこの間まで世間の取り扱いは「一人前」だったのに、就職したら何をしてもダメ出しを受け、その理由は「半人前」だからです。

今となれば、社会常識がない上に業務知識もないのですから「仕方がない」のですが、大学の卒論で優秀と評価されて卒業した直後に「頭が悪い」人間扱いを受けて、どっちが本当の自分なのかとパニクリました。

その上、私が平成2年に入社したということは、私の「指導をされる方々」は、どっぷり「昭和」です。

特に私は「人事に根性を見込まれて(涙)」、社内でも指折りの「個性豊かなパンチのある人材が勢揃い」・・・の部署に配属されました。(笑)

そりゃあもう厳しく、「鉄は熱いうちにガンガン打って」ご指導いただきました。(嘆息)

一度教えられたことを再度尋ねると「前に教えた」と言って教えて貰えませんし、言われたことをするのに時間がかかると目の前の机を爪でコツコツ秒を刻まれます。(涙)

その上私自身のキャラが「かわいくない」ので「心臓に毛が生えている」とも「給料泥棒」とも言われました。(涙)

まぁ、「超人類」と罵られようとも「昭和」が終わる前に成人した私ですから、無駄に「アタックナンバーワン」や「巨人の星」を幼少期に観て育ったわけではなく、血の汗を流し、涙を拭かずに耐え抜きました。(私はガッチャマンのような脱力系が好きですが。笑)

そんな「スポ根新入社員時代」に、同じく過酷な「戦場をサバイブ」したのが、今回会った友人です。

私は「太々しいキャラ」故に叩かれまくりましたが(笑)、その友人は「天然のゆるキャラ」故に叩かれまくっていました。(笑)

何とも心強い「先輩」でした。

私一人が「叩かれまくって」いたならば、孤独で心が折れてしまったと思うのです。(笑)

鴨 3羽

私は会社に勤務すること早27年。

会社の同僚と言う存在は、つくづく不思議だと思っています。

家族よりも恋人よりも友人よりも、誰よりも長い時間を一緒に過ごすのが同僚です。

学生時代は、自分と波長の合う友人を選んで「時間を共有」しましたが、同僚という存在は「好き嫌い」を超越した運命共同体です。

機嫌のいい時も悪い時も、体調のいい時も悪い時も、嬉しい時も、悲しい時も、「逃れようもなく」「仕事に追い詰められながら」一緒に過ごすのです。

家族、恋人、友人の前ですら「取り繕った自分」を見せることが出来るのに、「同僚」ほど長時間を共にすると、「地の自分」が全部さらけ出されていることに愕然とします。(嘆息)

そんな「同僚」の中でも「もっともみっともない」時間を共有したのは、新入社員当時の同僚で、今思い返しても赤面ものですが、救いは「お互いに」赤面ものの未熟な人間であったということです。(笑)

そんな私たちが四半世紀ぶりに会い、話すと、・・・・・なんというか互いの呼吸が読めるというか、「知っている感」が半端ないのでした。(笑)

ヒワ

・・・長いブログになってしまいました。

新入社員で出会った時から、中身はそのまま、外見は「3L」に成長した(笑)友人と、喋りまくり、大笑いして、帰って行く彼女を見送る時、

スガシカオさんの『Progress』♪(歌:kokua. 作詞:スガシカオ. 作曲:スガシカオ.NHKプロフェッショナルの主題歌)

を心の中で歌ってました。

 

ぼくらは位置について 横一列でスタートをきった

つまずいている あいつのことを見て

本当はシメシメと思っていた

誰かを許せたり 大切な人を守れたり

いまだ何一つ サマになっていやしない

相変わらず あの日のダメな ぼく

 

ずっと探していた 理想の自分って

もうちょっとカッコよかったけれど

ぼくが歩いてきた 日々と道のりを

ほんとは”ジブン”っていうらしい

 

世界中にあふれているため息と

君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・

“あと一歩だけ、前に 進もう”

 

ご精読、ご清聴、ありがとうございました。

 

次は

です。

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第二弾「乳癌ステージ4告知」友人行脚はじまる④  (nya.272)” に対して4件のコメントがあります。

  1. 小林 房江 より:

    おはようございます。
    2014年のガンの告知から、読ませて頂いて、、3年5ヶ月
    後1年半で5年、あなたなら50%を超越出来てると思います。
    今は、全身の状態はいかがでしょう。
    17年間、辛くて、倒れこんでいましたね。
    お母様が、娘のために、腕を振るって下さる。
    心室細動を病院で起こした、日記も読ませて頂きました。
    心房細動と違い命に直結します。
    友人を訪ねて、時を振り返る、癒しの空間だと思います。
    風太を飼われて正解でしたね。お土産が蛇とは恐れ入りました。

    実家の猫は小さい私達に、ねずみを生きたままのお土産で
    茶の間に放し、「さー遊びなさいと」 持って来てくれたのだと
    後に知りました。猫は私達を赤ちゃんの時から見ていました。

    今年5月 配偶者が去年の検診の便潜血陽性 (1本に) 放置していて
    4月 役所から精査受けましたかと手紙、大腸ファイバー施行
    腸穿孔の1歩手前までの潰瘍でした。大腸がん
    組織検査でステージⅢに近いⅡという事で、
    抗がん剤は勧めませんと。
    3ヶ月に1回の受診です。
    主治医が 受診Dr→大腸カメラ同じDr・上司を呼ぶ→胃カメラは上司→入院手術、若い別のDr・上司はオペフォロー
    私には流れが分かりますが、配偶者は不満です。
    若い先生も良くやって下さいました。
    74歳 
    そして3月から入院していた、自己免疫性溶血性貧血の姉が6月中旬、胆嚢破裂
    4日間のモルヒネ療法・逝去の連絡を旦那さんに・無理しなくて良いと言ったのですが。オペして2週間の旦那飛行機で北海道まで姉の同級生でした。
    びっくりしました。
    本人は何処も悪くないといい、生活は普通ですが
    食べる量が少ないです。
    単身赴任先で2週間過ごし、戻ってきてます。
    集合住宅暮らし、庭も畑もありません。居酒屋さんの手伝いが居心地が
    良いようです。
    私、時に 平安仮名を書き。時に下手な水彩画、淡々と残りの生活を
    しています。週1の卓球・毎日行きたいですが年金暮らしにはかないません。
    預金の目減りを気にしながらの生活です。

    又、日記にお邪魔させて頂きます。お元気でね。

    1. ふるゆら より:

      はい、ありがとうございます。

      自分なりに「順調だなぁ」と思ってはいるのですが、(元)看護婦さんにそう言っていただけると、ちょっと安心します。(笑)

      全身状態は「いい」です。

      私の場合、骨転移が首から尾てい骨まで「びっしり転移」していたことと関連があるのではないかと思うのですが、「自律神経のバランスが壊れている」ため、気圧の変化に過敏になっていて、目眩や頭痛、足のだるさとかがあるのですが、それ以外は痛みや不快に悩まされることなく生活できています。

      「天、地、人」の恵みを受けて「今」があることへ、感謝感謝です。

      小林さんは、「水彩画」が描けるのですね。うらやましいです。

      私は「絵心がない」ので写真を撮っています。

      「ああ、美しいなぁ」と思うと誰かに共感して欲しくて、写真を撮ります。

      目にした美しいものを「絵」で表現できたら、もっと「伝わる」のにと思うこともしばしばです。(嘆息)

      お姉さまのこと、配偶者の方のご病気も、いろいろ思われることが多いと思いますが、ご自分の趣味をお持ちと伺い安心しました。

      「卓球」いいですね。

      夢中になって、大汗をかいて、大笑い出来るって最高に気持ちいいですよね。

      また時々「エール」ください。これからもご贔屓によろしくお願いします。合掌。

  2. グリコ より:

    おはようございます。今職場について、一休み?て、ちょと、早いので、今日は、放射線ないので、昨日は放射線終わって、去年膀胱癌で、オペして、友達と、大学病院で、待ち合わせにして、お茶しました。二人そろって癌で、その友達も、先祖の供養三代まで、して、お祓いして、夜中3時に起きて、県外のお寺?に3日続けてお参り、塩玄米と、試してと、笑ってました、今は、検診て、定期的に診察で、薬は、服用してません、偽物のヘソは、あるみたいですが、あと、最近メダカ飼いました。小さくて可愛いです。見てると癒されます。大きくなったら、じいちゃん、甘酒作ってた、瓶に、写して外で、飼いたいなあ、。あと、昨日は癌告知されてから、気にしてなかった、髪染めに行って気分ちょと、良かったです。髪形なんて、気にもしてなかったから。。今日も仕事ボチボチします、おじいちゃん、おばあちゃん。相手で、認知も、あるので、それも、癒されます。m(__)m

    1. ふるゆら より:

      「めだか」いいですねぇ。我が家にもいますよぉ。かわいいですよね。

      植物も動物も「物言わぬ」存在に、「物言う」存在よりも慰められることがあります。

      仕事もいいです。ストレスにならない程度に働けたらもっといいです。(笑)

      自分が末期がん患者であることは事実ですが、「そればっかり」考えるのは不健康です。

      仕事をしている間は癌を忘れることが出来るし、それになんだかんだと「笑う」のも救われます。

      お友だちの「がん友」の方もいろいろ頑張っていらっしゃるようですね。

      薬の服用をされず、「偽物のおへそ」を持たれているとは心強いですね。(笑)

      「グリコ」さんは、グリコさんのペースでいいことを取り入れて、めだかちゃんと対話しながらゆっくり進んでくださいね。

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