第二弾「乳癌ステージ4告知」友人行脚はじまる②(nya.202)

ねこ、風太 石の上

石の上にも3年・・・なんかやってられんけどな。このあと巡回するし。

リアル『朋有り、遠方より来る、亦悦しからずや』 (2017年5月)

【乳癌ステージ4】だと知った当初、私は「坂道を転がり落ちる」ように病状が悪化するのだと思っていました。

自分が浸潤性小葉癌だと知った時に、医者から「左乳房全摘」だと告げられても「そーゆーもんだ」受け止めましたし、その後【乳癌ステージ4】の告知を受けた時は、【乳癌ステージ4】⇒末期がん⇒終末医療という図式が即座に出来上がり、それを「当たり前」として受け入れました。

それまで「当たり前」に立っていたはずの強固な地面がガラガラと崩れ落ち、【乳癌ステージ4】の恐怖とともに受けいれた悲観的な図式の「当たり前」が、来るべき近未来の現実として脳内に強く焼き付けられ、その後も長く私を支配しました。

たとえ、その後の病状が当初の予想通り「悪化」していなくても、「その内に必ずその時」が訪れるのだと覚悟して生きる毎日でした。

頭の1メートルくらい上に宙に浮いた大きな石があり、何かの拍子にその石が落ちてくるに違いないと恐れながら歩いている感覚。

今は普通に暮らせていても【乳癌ステージ4】である以上、「その内に必ずその時」がきて、今ある「穏やかな日常は破壊される」と信じていました。

そうしている内に腫瘍マーカーが基準値を下回り、骨転移無数リンパ節転移無数から骨転移が4か所に激減し、その後のPETの検査で骨転移4か所のみで現状維持ができていると確認しても、「その内に必ずその時」が来るという思いが消えることはありませんでした。

ねこ、風太 石の上

いろいろな「石の上にも」を試すんじゃ。

そして今に至ってもやはり「そう」思っています。

ただ、こうして【乳癌ステージ4】の身体でありながら、望外に穏やかな生活を3年過ごし、「その内に必ずその時」が訪れるのだとしても、その瞬間は『もう少し先かもしれないな』と思えるようになりました。

茫々2年半の月日が経過し、2016年10月からブログを書き始め、「お百度参り」と心に誓ったブログ100回(nya.100)を通過し、2017年3月には「リアルタイム」まで書き進むことが出来ました。合掌。

あまり「自分を信用できない」私ですが(笑)、2017年2月にもなると「これなら、いける」とブログを書くことに確信が持てるようになり、「リアルタイム」まで書けたなら、これまで知らせていなかった友人にも自分が【乳癌ステージ4】であることを伝えようと決めたのです。

ねこ、風太 石の上

なんでじゃろう、ギリギリのところに座ってしまうチャレンジングなわし。

【乳癌ステージ4】だと分かった当初に【乳癌ステージ4】を「告知」した友人は、私の「ささやかな葬儀」を想定した時に、私の意志を受け、私の希望する「卒業式」を実行してもらうための「布石」でした。(笑)

両親よりも先に「卒業する」と仮定して、落ち込む「すみればあば」のフォローと、両親が当然と思う「クラッシックな葬儀」ではなく、「千の風」になれるように散骨して欲しいと望んでいたことを両親に伝えて欲しいと思ったのです。

そして、この度知らせることにした友人は、「定年退職後」にお互い時間の余裕が出来たら遊んでもらう予定だった友人たちであり、言わばそれの『前倒し』です。(笑)

癌という病気が、「人に優しい」と思うのはこうした時です。

癌は私に「恐れと喜び」を同時に与え、病を得る以前より数倍「鮮明な時間」を生きることを赦してくれています。

「鮮明な時間」という猶予を与えられ、その中で、これまで生きてきて「大切に思う時間」を共有した友人と再会するチャンスに恵まれたのです。

【乳癌ステージ4】という強烈なカウンターパンチをもらったからこそ、「自分の人生は有限なんだ」と肝に銘じて生きることができ、20年近く会うこともなかった友人たちに連絡しようと「重い腰」があがったのです。

自分の健康に自信があるままならば、「そのうちにね」と思うばかりで、忙しく流れる日常に紛れ、結局連絡を取らずに終わったかもしれません。

それぞれの石の個性があり、それに見合う毛づくろいがあるな。

 

先日、そんな友人の一人が我が家に遊びに来てくれました。

会社に同期入社した友人で、彼女が独身だった頃はよく一緒に「飲み歩いて」いました。

彼女の「結婚、出産、ご主人の転勤」と、私の「仕事三昧の日々」とのすれ違いで、実に十数年ぶりに再会しました。

私の手紙を読んだ彼女がメールをくれた後は、私が「元気にやっている」ことを知ってくれてはいたのですが、やはり「顔を見る」までは安心できないと思っていたのでしょう、十数年ぶりに「ひっさしぶり~」と挨拶をして私の丸々と変貌を遂げた顔を見た時の、彼女の「安心」した表情が印象的でした。

私自身も彼女の顔を見て、いろいろあったかもしれないけれど、会わなかった十数年の歳月が彼女に穏やかな表情を刻ませる年月であったことに安心しました。

谷川俊太郎さんの詩の

どんなに深い喜びの海にも 
たった一粒の涙が 
溶けていないということはない

が大好きです。

人間生きていれば「何もない」ことはないのです。

喜怒哀楽から逃れることは出来ず、喜びがあれば哀しみがあります。

その上で「微笑む」ことを選びとって生きていくことが、さらに深い「喜び」を生むのだと思います。

いろいろありましたが、私の笑顔が、友人を安心させるものだったことに私は喜びを感じます。

いろいろあったのでしょうが、友人の微笑が、私を安心させてくれるもので本当に嬉しいです。

久しぶりの再会で、会わなかった時間を埋めるようにいろいろ他愛もないことを話しましたが、つまるところ、再会した「一瞬」で互いの目的は果たしていたのだと思うのです。合掌。

新緑と青空

新緑と青空

次は

です。

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第二弾「乳癌ステージ4告知」友人行脚はじまる②(nya.202)” に対して 10 件のコメントがあります

  1. とことこぱん より:

    いつも楽しく共感させてもらい、読ませていただきありがとうございます
    にゅうがん4のわたしもよーく分かる文章を書ける素晴らしい才能と心から思います。
    そうそうそうなんだの頭の整理整頓と色んな意味でこちらのブログに癒されてます。

    わたしは2016年8月の誕生日45歳で突然の初発乳がん多発性骨転移ステージ4、ホルモン療法のみ、浸潤乳管ガン、ルミナールAです。
    見えない気持ちを文章にするのは難しい。
    癌になっての友人の再会
    悲しみと痛み溢れる目から抱きしめ合って喜びに短時間で変幻する経験は初めてだったかも。
    ジェットコースター的再会?
    だいたいみんな親戚も私の病気を知ってる人は同じ顔するの。
    そして背中をさすってくれます。
    ありがたいと思う。
    がんばって生きようと思うんだよね。

    友人まだ2人しか知らせてない。
    参考にさせてもらいます。
    ありがとう。
    風太大好きっ❤️

    1. ふるゆら より:

      「とことこばん」さん、コメントありがとうございます。

      『風太大好きっ❤️』と言われると舞い上がる「親ばか」です。(笑)

      『ジェットコースター的再会』できる友人がいて、私たち幸運ですね。

      【乳癌ステージ4】になって、そのことを周囲に伝える時、私が恐れているのは「可哀想」というフレーズです。

      そーではなくて、「いろいろ大変かもしれないけれど、よく頑張っているね。生きていてくれることが嬉しいよ。これからも一緒に生きていこうね」と言って欲しいのです。

      自分が生きていることを喜ぶ人がいることが、何よりの励ましです。

  2. ともろー より:

    癌になって気付けたことがあり、このタイミングでの乳がんは私にとってなるべくしてなったのだと思っています。
    うまく付き合いながら、成長していきたいなぁ。
    風太さん巡回にきてくれないかなぁ(笑)
    北海道も初夏の兆しです。
    本州は光化学スモッグ注意報というものがあるとか。ニュースでみました。
    ふるゆらさんのところはどうですか。
    関係あるとしたらお気を付けて。

    1. ふるゆら より:

      「ともろー」さん、コメントありがとうございます。

      今日も「風太の巡回」に同行しながら「ともろーさん、体調どーなのかな」と思ったところだったので、コメントをいただいてホッとしました。

      私の住む田舎は、『光化学スモッグ注意報』のようなハイカラなものとは無縁です。(笑)

      ただひたすら青い空が広がっています。

      日差しが強くなり、風太の巡回を追いかけるのも汗だくです。

      日焼け止めよし、帽子よし、タオルよし、デジカメ持った、と準備に時間のかかる私を風太は「おせー(怒)」とご立腹です。(笑)

      ともろーさんも、体調がよくない時は用心して、無理しないでくださいね。

      周りがどうであろうと、自分のペースは自分にしか分からないのですから。

      「マイペース」な私と風太からのお願いでした。(笑)

      1. ともろー より:

        気にかけていただいて、ありがとうございます。
        実は先週はポートの手術だけ行い抗がん剤は木曜日に延期になりましたぁ。気合いいれていったのに拍子抜けです。
        なので一度退院しもりもり食べて体力蓄えてます(笑)
        ポートは部分麻酔で行うのですが、なにをされてるかわかるし管がグイグイはいっていくのもわかるのでもう経験したくないでーす!
        ふるゆらさんが風太さんを追って出掛ける風景浮かんできますよー。目に優しい写真をいつもありがとうございます。
        熱中症に気をつけてくださいね。

        1. ふるゆら より:

          はぁ~い。気を付けます。

          これから数日は、「風太ドキュメント」のシリーズものです。(笑)

          お寿司屋さんとかもそうですが、人(風太)が働いている姿を見るのはいいものです。(笑)

          お楽しみに~♡

  3. 金太郎 より:

    いつもふるゆらさんの田舎の写真に癒されていますが、たまに自前の緑で癒されるのも嬉しいものです。
    今日の関東地方は理想的な陽気で、窓一杯に広がった緑が陽の光に輝いています。

    朝から大車輪で働いたご褒美に、旅先でもないのに緑を愛でながら日本酒でほろ酔いです。
    輝いてこそ命、輝かせてこそ生。
    ふとそんなことを思いました。

    ふるゆらさんとふるゆらさんの愛する全てに幸多からんことを。

    1. ふるゆら より:

      「朝から大車輪で働いた」んですね、尊敬します。お疲れ様でした。

      「旅先でもないのに緑を愛でながら日本酒でほろ酔い」はよくします。(笑)

      宿題がない、受験もない、昼から飲んでも叱られない、「大人になって良かった」と思う瞬間ですね。(笑)

  4. 金太郎 より:

    つまるところ、再会した「一瞬」で互いの目的は果たしていたのだと思うのです。合掌。

    真実であり名言ですね。
    癌になってから、私も人と会うことを含めて重い腰を上げることが増えました。
    乳がんにならなければ、その内にと思いつつ多くの「その内に」が未消化のままになったでしょう。

    それでもまだまだ怠け癖が抜けないのは我ながら困ったものですが。

    1. ふるゆら より:

      本当に、「癌になって良かった」とは思いませんが、「癌になったから今の幸せがある」とよく思います。

      だからと言って、急に人間が成長する訳もなく(嘆息)、金太郎さんと同じく「怠け癖」がなくなることはありません。

      アラフィフとなって「開き直り成熟度」が増した私は、「怠け癖」も自分の個性として認めています。(笑)

      何でも出来る完璧な人って素晴らしいかもしれないけれど「息苦しい」でしょ(笑)、その点私は、周囲に酸素が多く存在する人間なんだと賞賛することにしています。(笑)

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