お誕生日おめでとう、私 (nya.68)

腕、動かすなよ、わし寝とるし。

無事、この日が迎えられたことを感謝します。 (2014年10月)

田舎に住む私は、どんなに慌ただしく仕事に追われていた時でも、自分の誕生月である「10月になった」ことを忘れることはありませんでした。

なぜなら10月になると、田舎のそこここに植えられた「金木犀」が一斉に花を咲かせ、その香りが必ず私に届くからです。

私の感性が特に繊細で敏感という訳ではなく、田舎に住んでいれば季節の訪れを告げる香りや色や音があり、誰でも気付くのです。

「田舎に住んでいて悔いなし」と、心から思うのはそんな瞬間です。

梅満開

春の訪れは、まず梅の香りです。

お正月用に梅の蕾のついた枝を切り、家の中に活けておくと、古民家の家の中は寒いので、立春を過ぎた頃に家の中で花を咲かせ、「ああ、春が来る」と一足早く春を知らせてくれます。

3月、家の周りの空気が梅と水仙と沈丁花の花の香りになります。

それはかすかな香りですが、それまでの冬の空気にはなかったもので、「春が来た」ことを実感します。

早春は、田畑の土の色が「一雨ごとに」変わります。

冬の閉ざされた「白く固い」大地の色から、「黒く柔らかい」大地の色に変わっていきます。

冬眠していた大地を雨が「こんこん」とノックして、大地がだんだん目覚め、春を迎える準備をしていくのが、田畑の土の色で分かります。

青いいがぐり

初夏は、栗の木の花の匂い、クチナシの花の香り、雨が降る前に一斉に鳴き始める蛙の声で知ることになります。

炎天下の真夏、遠くで雨が降っていることを知らせる生暖かい「雨風」が吹いて雨の匂いを運んでくると、やがて無数の雨粒が、無数の木の葉を叩く「ポンポン」という音に満たされて、雨が降り始めます。

蛙や蝉が鳴き始めた時は「おお、夏」と思うのに、しばらくすると「騒音」をシャットダウンして「聞こえなく」してしまう人間の聴覚の不思議にいつも笑います。

8月になると、それまで「大地そのものが鳴いているのか」と思うくらい無数の蛙が鳴いていた大音量が、「虫の音」に変わります。

しかし、それは都会の人が思うような「風流」なものではなく、屋外ではなく室内、それも私の枕元にいるのではないかと思わせる、やはり「大音量」なのです。(笑)

金木犀

金木犀

田んぼの畦道に彼岸花(曼殊沙華)が咲いて終わると、10月です。

金木犀の香りは、電車通勤をしていた頃の帰宅途中、田舎の駅のホームに降りただけで、甘く漂う香りに気付くほどです。

「ああ、今年も10月になりました」と思わせる香りです。

金木犀の花が終わり、いよいよ私の誕生日に近付くと、今度は「稲穂」の香がします。

稲穂そのものの香りがあるのではなく、その頃に始まる収穫で、刈り取られたばかりの稲の株から「稲の香」がするのです。

その後の晩秋から冬は一週ごとに色彩が変化し、色彩の変化が止まった時、「本当の冬が来た」と知るのです。

 

私の生まれた10月という季節は、見渡す限りの田んぼに実った稲穂の色が、光を含んで黄色く発光しているようで、全てが暖かい色彩に包まれます。

美しく穏やかで豊かな自然に恵まれた土地に生まれ落ち、暮らせていることに感謝します。

穏やかな日常を送りながら、47才の誕生日を迎えられたことに感謝します。

朝、腕枕をしている方の肩の痛みで目が覚めるほど、すくすくと大きくなってくれた風太に感謝します。

風太と同じだけ生きられるように、出来るだけ長く一緒にいられるように、頑張るからね、風太。

 

次は

そうだ!!富士山を「見に」行こう (nya.69)

です。

 

稲穂

 

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