あけましておめでとうございます (nya.64)

ねこ、風太おすまし

わし、今年もがんばるわ

新( あらた)しき 年の初めの 初春(はつはる)の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと) (2017年 元旦)

 

あけましておめでとうございます。

『にゅうがん4な私と風太(日本猫)のららら田舎生活』に訪れていただきありがとうございます。

今年もよろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。

2017年が皆様にとって、豊かな時間を過ごす年となることをお祈りします。

日本は「言霊(ことだま)」の国ですので、元旦はやはり「寿ぐ(ことほぐ)」方がいいだろうと思い、万葉集の最後の歌、大伴家持で始めさせていただきました。

新しい年の初めの初春の、今日、降っている雪のように、良いことがあなたに降るようにありますように。

という歌です。

 

「にゅうがん4な私と風太(日本猫)のららら田舎生活」を読まれる方々の多くは、ご自身が癌を患われていたり、大切な方が癌で闘病されていたりする方なのだと思います。

苦しいことや悲しいこと、切ない想いややりきれない想いで、心が重く沈むことも多くあると思います。

そんな時、家族や友人の心の温かさに触れて癒されたり、ペットが自分を信じ切った目で見つめてくれることで、一瞬、悲しみを忘れることが出来たりします。

私も、そうです。

本当にありがたいことです。

しかし、もう一つ私には欠くことのできない「心の支え」があります。

2017年の最初の日の今日は、そのことをお話ししたいと思います。

私の「心の支え」、それは、「自然」です。

私が落ち込んだ時、慰めは、いつも自然の中からもたらされます。

いつもと変わらない青空なのに、その時の心の有り様によって、「心に迫る」ほどの美しさを感じた時、木漏れ日の中を歩いていると、一条の光が強く差している場所に小さな花が咲いていて、その小ささと置かれた環境に左右されずに花を咲かす強さに「心打たれて」涙ぐんだりした時、身に染みて「孤独」を感じ、見上げた空にきれいなお月様があった時、そんな時には何だか「赦された」ように感じ、心が満たされます。

「ああ、私は自然から離れては生きていけない人間なんだ」とつくづく思いますし、「そんな私が、自然を身近に感じて生きられる場所で暮らせていて、本当に幸せ」と思います。

四季の巡りそのものが、自然の「優しい約束」です。

春になれば夏、夏が終わると秋、寒さの厳しい冬の後には「必ず」春が来ると信じることが出来るから、私たちの心は「待つ」ことの大切さを知ります。

若い時は「今」を生きていましたので、肌で感じる季節の中がすべて、でしたし、精一杯「今」を楽しみました。

一つの季節が来た途端に、次の季節のことを思うようになったのは、いつ頃からでしょう・・・・・。

『冬来たりなば 春遠からじ』

と、信じることのできる自然の「優しい約束」に、私はいつも感謝します。

 

松に雪

明治の女流画家の草分け小倉遊亀(画家)さんの言葉

『何ももたぬという人でも、天地のめぐみをいただいている』

が大好きです。

私は「いたってお気楽な」性分に生まれ落ちる幸運に恵まれ、この点だけで、これまでの人生の「不運全部」と差し引きしてもお釣りがくるほどの「幸せ者」だと思っているのですが、そんな私でも、時に「自分なんか、この世に生きてなんになるんだろう」と思う時があります。

「なんの取柄も持たず、揺らぐことのない自分を持つこともできない半端者」と自分をののしっている時も、日差しを浴び、風を受け、空を見上げれば雲や星が静かにあり、「天地の恵」は確かに受け取っているのです。

この言葉を思い出せば、狭い視野で自分を責めていても仕方ない、自分が許せなくなる時は、決まって「感謝の気持ち」が足らないんだと気付きます。

自分の生まれ落ちた場所、時代、境遇、自分の知能、容姿、身体能力、これらすべてが、「今の自分」を形作っている重要な要素ですが、自身の努力で変えられるものは僅かで、どれも「自分が望んで選びとった」ものではないものばかりです。

「選ぶことのできない」与えられた条件の中で、人は最善を尽くすしかありません。

しかし、そんな中でも、私は一つだけ「人が選べるものがある」と思っています。

それは、『自分の感情』です。

同じ「厳しい」条件におかれた時、「自分を不幸だと思う人」がいて、「自分が幸せだと感じる」人がいるのは、『自分の感情』だけは、自分で選ぶことが出来るからだと思うのです。

 

南天と竹

『千と千尋の神隠し』のエンディングの歌『いつも何度でも』(歌手:木村弓 作詞:覚和歌子 作曲:木村弓、2001年)をご存知の方は多いと思います。

きれいなメロディときれいな歌詞で心に響きます。

歌詞の一部を紹介して、私の新年のご挨拶を終わらせていただきます。

 

悲しみの数を 言い尽くすより

同じくちびるで そっとうたおう

 

閉じていく思い出の そのなかにいつも

忘れたくない ささやきを聞く

こなごなに砕かれた 鏡の上にも

新しい景色が 映される

 

寒さ厳しい折柄、皆さま何とぞご自愛ください。

 

 

梅の花

次は

「腫瘍マーカー」が下がりました (nya.65)

です。

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あけましておめでとうございます (nya.64)” に対して 4 件のコメントがあります

  1. たにぞう より:

    ふふみさん、
    早速のご対応、すみませんでした。
    きれいなメロディですね♪
    クリスマスの時のバラの歌も。どちらも歌詞をよく聞いたことがなかった、いい歌ですね♪
    そしてお誕生日おめでとうございました。
    金木犀の香りがしてきそうでした。
    私は今は街なかに住んでおりますが山あいの小さな町で生まれ育ちましたので
    お誕生日の回に書かれてた山や畑や田んぼの四季折々の様子はほんとによく分かります、懐かしかったです。田舎、いいなぁ。
    どうぞ、これから先もお誕生日を重ねていかれますように。お祈りしてます。

    1. ふるゆら より:

      「たにぞう」さん、コメントありがとうございます。

      風太と一緒に、自然に囲まれ、自然にあやしてもらいながら、「ご機嫌で」毎日を過ごしています。

      これほど田舎に住みながら、休みの日は「自然が足りない」と思い、デジカメを持って家の周りの畑を散策します。(笑)

      時々、風太が一緒に散歩してくれるので「激写」して、撮り溜めたものがブログの写真です。

      気に入っていただけたなら幸いです。

  2. たにぞう より:

    ふふみさん、
    新年あけましておめでとうございます。
    毎日読ませてもらってます。毎日すごい情報量ですね。
    知らなかったことをたくさん教えてもらって、今まで考えてもなかったことを考えるきっかけをもらってます。
    家族のこと、健康のこと生きること‥「卒業」のこと。
    当たり前だと思っていることがある日突然、当たり前でなくなった時に自分はどう振舞えるのかな、絶望の中に光を見出して、足元を見て、できることをやっていけるのかなと。
    同世代のふふみさんに、共感したり、感心したり、自分はできないなぁと、思ったり。
    泣いたり、笑ったり、たくさん学ばせてもらってます。
    ありがとうございます。
    今年も楽しみにしておりますが、くれぐれもご無理なさらず。
    お体お大事にごゆるりとお過ごしください。
    追伸 煙草はやめてくださいね。
    風太くん男前ですね、田舎の風景と風太くんに、癒されてます。
    写真も楽しみにしております。
    (^。^)

    1. ふるゆら より:

      コメントありがとうございます。

      私の経験を伝えることで、「誰かの役に立てば」と思う気持ちが先走り、毎回長々と書いてしまいます。(笑)

      我ながら長いと思うので、ブログを読んでくださる方の「負担」にならなければいいけど・・・と、申し訳なく思い、短いブログを目指してみたこともあったのですが、これが「私のスタイル」らしく変えられませんでした。

      最近では「寛容な心を持つ読者の方に読んで貰えればそれでいい」と開き直りの境地です。(笑)

      「たにぞう」さんのような「広い心」で、私のつたないブログを読んでいただけるのは、本当に有難いことです。

      田舎の片隅で「誰に届くのか分からないブログ」を書いていると、時々、心細くなり途方に暮れてしまいます。

      「たにぞう」さんのようにコメントをいただけると、「誰か一人の心に届けばいい」と思って始めたブログが、確かに読んでいただけているのだと実感できて安堵します。

      暖かいコメントをありがとうございました。

      また、お時間のある時にコメントをいただけたらと思います。

      風太ともども、これからも「ご贔屓」にお願いいたします。合掌。

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