「牡蛎パ」をして「また来年」と言う私 (nya.127)

ねこ、風太 振り向く

わしについて来たら間違いなしじゃ。

「牡蛎パ」は年に1度の我が家からの「お歳暮」 (2017年2月)

私は今現在も両親と同居、かれこれ50年近く同じ場所、同じ家、つまり「実家」に住んでいます。

「生まれ落ちた実家」は地方都市の県庁所在地から車で1時間、「真正の田舎」にあります。

代々由緒正しい「お百姓」で、本家から分家したのが明治30年頃、その頃嫁いできた私のひい婆さんの実家がわりと裕福で、今の家を建てたのだそうです。

明治30年頃に建てたと言われても「ピン」とこないかもしれませんが、築120年の古民家と言えば「おお」と思われることでしょう。

江戸時代が終わったのが「1868年1月3日の王政復古の大号令」だとして、我が家が建てられたのは30年後、当然のことながら、たぶん江戸時代に生まれた大工さんが、我が家を建てられたのだと思うと、「そりゃすごい」と素直に思います。

ねこ、風太仕事中婆さんが言うのに、家を建てるための木材を寸法通りに切るために「木挽き(こびき)」の人が1週間泊まり込みだったそうで、「由緒正しいお百姓」の夢のマイホーム、奮発したようです。

当時はもちろん「藁ぶき」で、耐震構造と、暑さ除けとして「屋根裏に2tの土」が乗せてあり、南側は松、北側は栗の木材を使用、誠にもって「頑丈に」作られているため、今現在も「狂いが生じて」おらず、子孫の私たち家族が「楽々」暮らしています。

江戸時代の大工さんは、いい仕事をしたものです。

私が小学生の頃「民族博物館」の見学遠足に行った時、「日本の昔の農家・農具」の展示を見て、「現役」の我が家そのものだったことに衝撃を受けました。(笑)

私はこの家に生まれ、現在も住み、他の家を知りませんが、我が家をかなり気に入っています。

冬は室内が屋外と変わらないくらい「とことん」冷えますが、その分夏は快適です。

夏至の頃、間仕切りのふすまを風の通る「夏障子」に替え、縁側を網戸にして座敷に寝転ぶと、田植えが終わり水を張った田んぼの上を渡った風が「ゆる~く」吹き抜け、お昼寝せずにはいられない心地良さです。(笑)

 

ねこ、風太ふりむく閑話休題、さてさて「牡蛎パ」です。

そんな我が家ですので、私の友人を呼んで「宴会」するにも十分なスペースがあります。

 

私と同様田舎に住む友人ですが、「ここまで古い家」は珍しいので喜ばれています。(笑)

「牡蛎パ」とは、我が家で1年に一度催す「殻付き牡蛎を炭火で焼いて食べまくるパーティー」の略です。(笑)

始めたきっかけは、友人が「殻付きの牡蛎を焼いたのを食べたことがない」と衝撃の告白をしたことからです。

「えっっ、あんな旨いものをっっ!!」「そりゃ、いかん!!」

友人は同じ地方都市に住んでいますが、我が家が車で30分で海に出るのに対し、友人は海まで車で1時間程度かかる場所に住んでいます。

「可哀想に・・・」「んじゃ、我が家で食べる?」

「うん」

という具合に話が進みました。

ねこ、風太ねぼけ母親の知り合いの「漁協」の人に頼んで「卸売価格」で「1斗缶入りの殻付き牡蛎」をGET。

台所横の「小庭」にバーベキューセットをセッティングして炭火を熾して準備完了。

 

殻付きの牡蛎を焼くと、殻が開く時、3個に1個は貝に含んだ海水を「水鉄砲の熱水バージョン」よろしく、かなりの勢いで吐き出します。

つまり、「牡蛎パ」は、かなりスリリングな催しなのです。

屋内で「牡蛎パ」が出来ない理由として、牡蛎の殻がパチパチ弾け飛びますし、四方を壁に囲まれた「小庭」ですが、屋外ですので、風が舞い炭火の灰が降りかかります。

つまり、「牡蛎パ」はかなりダーティーになる覚悟をもって臨む催しなのです。

しかし(かなり大きな「しかし」です)、それらを補って余りある「旨さ」なのです。

海水だけで、調味料を一切使わず「世界一」美味しいのです。

カボスがあればさらにいい、です。

酒が進みます。

炭火の遠赤効果で、ちっとも寒くありません。

年に1度は【絶対に食べたい】と思わせる、記憶に残る旨さです。

ねこ、風太 なに?こうして「牡蛎パ」が我が家の恒例行事になりました。

実に美味しいので、色んな友人に声を掛けて食べ尽くします。

2017年の今年も、そんな「牡蛎パ」を我が家で催しました。

母親も顔見知りの私の友人が4人(+子供2人)ばかりですので、母親も普通に「参加」です。

私は「ホスト」として焼いて焼いて焼きまくり、その間飲み続けます。

私が当日の朝、魚市まで行って買ってきた「海老」も焼きます。

母親が皆の「お持たせ」にするために作った「山菜おこわ」も食べます。

皆が満腹になり、炭火が灰になる頃には台所に移動して「甘いもの」を食べる者あり、昼寝する者あり、です。

見事に「ホスト」を務め終えた私はかなり「悲惨」です。

まず、酔っぱらっています。(笑)

頭は、炭の灰を被って「ゴマシオ」、避けきれなかった牡蛎の「熱水吹き出し」攻撃を一身に受けて服はドロドロ、同じ理由で腕の何カ所かはヒリヒリです。(笑)

日が暮れる頃、母親手作り「山菜おこわ」、自家製「漬物」、自家製「野菜」などを持たされた友人が「行商人」のような荷物を抱え帰って行きます。

「また、来年!!」とお互いに言い合って見送ります。

自分が【乳癌ステージ4】だと知った2014年も「牡蛎パ」をして、「また来年!!」と言いました。

2015年も2016年も「また来年!!」と言いました。

「また来年!!」と言える幸運に胸が迫ります。

私に、母親より先に「卒業の時」が来たら「母親のフォロー」を頼もうと思う友人たちです。

皆の「美味しい」という笑顔が、私の「ご褒美」です。

「美味しい牡蛎」は、母親と私から、日頃のお礼を込めた1年の区切りの「お歳暮」です。

自分が【乳癌ステージ4】だと知って3年が過ぎ、4年目に突入しました。

我が家の梅の老木

我が家の梅の老木

次は

です。

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「牡蛎パ」をして「また来年」と言う私 (nya.127)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. Yoshiko-san より:

    なんだかいい感じに「きてます」?
    じわじわと上昇してますよね⁉

    そして「子供2人」の登場、きた〜っ❗

    1. ふるゆら より:

      はい、ありがとうございます。
      先日「うんうん」唸りながら、ブログの文章のすぐ後に『ランキングバナー』を設置することができ、
      「風太からの一言」として、『まぁまぁなら「ポチッと」してください』とお願いしたら、
      読者の方々が『まぁまぁ』と思ってくださったようで、望外にランキングUPしています。(笑)

      これぞ「お蔭さま」というほかありません。

      ありがとうございます。合掌。

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