4回目のお礼参りができました 石切神社から石上神宮へ(nya.178)

石切神社

石切神社(お百度を踏む方たち)

4回目の春を「健康なまま」・・・迎えられました。合掌 (2017年4月)

毎年恒例として4回目、石上神宮へ「お礼参り」に行ってきました。

最初に自分が「乳がんかも」と思ったのが2016年2月(参照:乳癌の予兆 最初に「乳癌じゃないか」と思った時 (nya.1))、【乳癌ステージ4】だと知ったのが2016年の3月(参照:”乳癌ステージ4“と知った時の感想 (nya.14))、それから放射線治療を受けて放射線食道炎になり(参照:放射線治療6回目 来た!放射線食道炎 (nya.30))、検査&治療三昧の日々が落ち着き、やっと一息ついたのが2016年4月も半ばのことでした。

怒涛の日々を振り返り、人心地を取り戻すと「次は神頼みでしょう!!」と田舎者らしく思い立ち(参照:【乳癌ステージ4】になっても「護られて」いるもの (nya.40))(笑)、すぐさま奈良の石上神宮に向かいました。

自分の住む県と離れているのに、不思議にご縁のある石上神宮に行ってみるとそこは「起死回生の神社だった」という出来過ぎた感のある展開で、現金な私は『これから、末期がんの身体で可能な限り、毎年お参りさせていただきます♡』と心に誓ったのでした。

石上神宮 鶏

「どーなるの、私・・・・」と不安いっぱいで始まった【乳癌ステージ4】=末期がん生活でしたが、望外に穏やかな日々を赦され、気が付けば4回目の「お礼参り」をすることができました。

しかも、当初に想定していた「痛みや苦しみ」と無縁に、【乳癌ステージ4】の人間としては「元気一杯」と言えるくらいの体調で。

何度考えても、このような「幸運」が、なぜ与えられたのか分からないまま3年の月日を送り、何もかもが有り難くあらゆることに感謝することしか、今の私にはありません。

今の「幸運」を当たり前と思わず、「天地人」の恵みをいただいていることへ謙虚に感謝する気持ちを忘れないためにも、毎年4月に石上神宮にお参りさせていただいています。

石上神宮 鶏さて、そんな気持ちでお参りさせていただく石上神宮ですが、実際のところ往復の交通費も「そこそこ」かかります。

そこはホレ、抜け目のない私ですから、真摯な気持ちとは「別腹」で、折角の交通費を無駄にせず活用しようと思うわけです。(笑)

「今年はどこに行こうかなぁ」と物見遊山気分全開で、ずいぶん前から考えていました。

その内の一つは、迷うことなく石切神社で決定です。

2016年4月に「神頼み」に走った時、私の病気平癒のための護摩祈祷をしてくださった先生が、「腫れ物=癌を切る」ことにご利益があると有名な「石切さん」に行ってはどうかと教えてくださいました。

私はその時すでに石上神宮のお守りを身に付けていたので「行くなら石上神宮」と心決めていて、その時は石切神社とご縁がなかったのですが、最初に勧めていただいた神さまで、しかも「癌に効く」ことで有名ということで「気になって」いました。

石上神宮 鶏その後石上神宮がお祀りしている神さまが饒速日命(ニギハヤヒノミコト)であることを知り、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)をお祀りしている他の神社を調べてみると、なんとまぁ、「石切神社」がありました。

石切神社は、正式には『石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)』と言い、石上神宮と同じく饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)をお祀りする神社だったのです。

「でんぼ(腫れ物)の神様」といわれるのも、剣(つるぎ)をご神体としていることからきたものだったのです。

そのことを知って以来、私の中では「必ず行くこと決定」の場所になっており、出番を待っていたのです。(笑)

去年の石上神宮へお礼参りでは、同じく饒速日命(ニギハヤヒノミコト)をご祭神としている「磐船神社(いわふねじんじゃ)」に行ったのですが(参照:「饒速日命と磐船神社」マニアックな私 (nya.103))、その時も「行きたいな」と迷ったのです。

石上神宮 鶏石切神社は東大阪市、大阪と奈良の県境である生駒の近くにあり、石上神宮とは近鉄線で結ばれているので、まず石切さんに寄って、それから石上神宮に行くことが可能です。

でも、それで「日帰り」はちょっと寂しい・・・ので、「ついでに」一泊して京都の南部、伏見稲荷大社にもお参りすることにしました。(何のついでなのかは、明日以降のブログでお話しします。)

「すみればあば」=母に尋ねると「今年は行く」と言い、よく一緒に旅行する「例の友人」にも声をかけると「行く」と言うので、去年のハウステンボス以来の【珍道中トリオ】となりました。(笑)

当日は、願ったり叶ったりの曇天でした。

年寄りと病人の体力の消耗を思えば、旅行は曇天がベストです。(笑)

新大阪駅に着き、体力温存のために石切神社へはタクシー(6,000円弱)で向かいました。

「すみればあば」と私が旅行する場合、移動のタクシー代10,000円は「必要経費」と割り切ることにしています。

田舎者が都会を移動しようと思うと、「乗り換え」と「乗り換えのための階段」に心身を消耗してしまうのです。(笑)

石上神宮 鶏「石切さん」は「でんぼ(腫れ物)の神様」として親しまれているのですが、本殿前と神社入り口に百度石が2つあり、その間を行き来するお百度参りをするので有名な神社でもあります。

私たちがお参りさせていただいた時も、30人くらいの方がお百度を踏まれていました。

人事を尽くした上で「手が届かない」ことがあり、そんな時、人は祈ることしかできないのだと、思い知ります。

宗教とか信仰がこの世に生まれるずっと前から、人知の及ばないことに直面した時、人は「祈る」ことを続けてきたのだと思います。

科学万能の今の時代になっても、人が「祈る」ことを止めることはありませんし、「祈る」ことが否定されることもありません。

自分自身か、もしくは自分自身より大切に思える人のために「祈る」ことは、人の本能に深く根差しているのではないか、と、お百度を踏む方たちの背中を見てしみじみ思いました。

石切神社の拝殿に立ち、お百度を踏む人たちの気配を感じながら手を合わせると、これまで何万人もの人々がこうして「祈った」ことが容易に想像できます。

古今東西、老若男女、数え切れないほど多くの人たちが、数え切れないほど多くの場面で様々なことを祈ったのと同じように、私自身もまた「祈る」のだと思うと、不思議な連帯感を覚えます。

大王松の松ぼっくり

大王松の松ぼっくり(20cmくらい)がゴロゴロしてました。

拝殿に参拝し、境内を歩いていると、造園の方が作業をしておられ、その足元に大王松の松ぼっくりが大量に転がっていました。

大王松はその名の通りの大木で、その高さから落ちたとは思えないくらい松ぼっくりたちは「無傷」でした。

「なんて丈夫で、巨大な松ぼっくり」と感心し、石切さんの境内で無傷の松ぼっくりなんて「なんだか縁起が良さそう」と思い、作業している方にお願いして、一つ分けていただきました。

松ぼっくりをお土産に、石上神宮へ向かいました。

この後「伏見」まで移動して夕食の予定なので、お昼ご飯をゆっくり食べている時間はありません。

天理駅のコンビニ弁当を仕込み、石上神宮の休憩所で鶏数羽に見つめられながらそそくさと食べ(笑)、ご祈祷をお願いしました。

石上神宮 鶏

こんな時に限って、私たち親子と一緒にご祈祷を受けることになった3人連れが、それぞれのご家族を代表してご祈祷を受けておられたらしく、「計9名」の祝詞を受けられたのはご愛敬です。(長かった・・・笑)

1年間肌身離さず身に付けている「お守り」をお返して、新しい「お守り」をいただて身に付けご祈祷を受けると、さらに1年、有限な時間を与えていただけるのではないかと希望を感じ、それが赦されるよう丁寧に丁寧に生きていこう、と祈ります。

 

その後、「すみればあば」と兄、そして私の「名前と病名(心房室細動、くも膜下出血、乳癌)」も無事読み上げられ(あまりの重病の列挙に、ご祈祷をご一緒した3人連れの方が凍り付いていました。笑)、病気持ちの友人のお守りもいただいて、無事「お礼参り」は完了です。めでたし、めでたし。

石上神宮

石上神宮

次は

です。

 

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4回目のお礼参りができました 石切神社から石上神宮へ(nya.178)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. 金太郎 より:

    こんばんは~

    4度目の春を健康なままお迎えになったとのことなによりです。
    おめでとうございます。

    寄る年波ですっかり文字を追うのが遅くなったものの、喜ばしい記事の良いタイミングでついに完読しました。
    私も活字ジャンキーでジャンルを問わず読みますが、これ程読み応えのある素敵なブログは初めてです。
    これからも楽しみに拝見させていただきますね。

    ということでちょっと自己紹介を。

    2年前の春に、青天の霹靂のように突然大きな固いしこりが出現。びっくりしたのと乳がんだ!という確信は同時でした。
    その夏の終わりに全摘手術。
    多発性の浸潤癌でリンパに4個は転移してたし、細胞分裂の数値も20パーセントだから、術後治療は当然フルコースとのこと。
    病院は自宅からも勤務先からも30分の中間地点。会社帰りに放射線くらいは受けようかとも迷ったものの、最終的にリスクは自分で負うからお構いなくということで、ホルモン治療薬の内服以外はお断りして術後3日目には職場復帰を果たして今日に至っております。
    退院後もずっと3か月に1回出社前に寄るだけという負担の少なさ。

    それに輪をかけて楽ちんなのが家族でして、お母さんだけでだいじょーぶだよね、うん平気、というやり取りを経て、初診~手術時~術後の説明とすべて私一人。
    先日も娘二人がお母さんのステージっていくつだったっけと聞いてきました。

    映画や本では涙もろい方なのに、がんになっても泣きたい気分になることや眠れないということは皆無。
    むしろがんのおかげで一種の自縛から解き放たれたポジティブな気持ちがあることも事実。
    ふるゆらさんを見習って、丁寧に元気に暮らしていこうと思っています。

    1. ふるゆら より:

      「金太郎」さん、ご丁寧なごあいさつ、重ね重ね恐れ入ります。

      風太と私のブログを完読していただき、その上、風太に惚れてくださっている「金太郎」さんは、私の中で「仏さま」決定です。(笑)

      『最終的にリスクは自分で負うからお構いなく』と言える「金太郎」さん、『術後3日目には職場復帰』される「金太郎」さんは、お名前の通り「男前」ですね。惚れました。(笑)

      その上二人のお嬢様の「お人柄」も素晴らしく、感服つかまつりました。合掌。

      私も世間から「男らしい」と言われることの多い人間ですので(笑)、『映画や本では涙もろい方なのに、がんになっても泣きたい気分になることや眠れないということは皆無。
      むしろがんのおかげで一種の自縛から解き放たれたポジティブな気持ちがあることも事実。』も全くもって同感です。

      「金太郎」さんにはお嬢様たちが、私には「風太」が傍にいて、毎日笑わせてくれるのです。

      「生きるって素晴らしい!!」ですよね♡

      ブログもお褒めいただきありがとうございます。

      「金太郎」さんの言葉を「反芻」して、数日楽しませていただきます。(笑)

      ではでは、「金太郎」さんも、ドンズバ「ザ・ベストテン」世代とお見受けしますので、この歌詞をエールとさせていただきます。(笑)

      私のような田舎者には、あぜ道に咲く花を見て「ほんとにね」と思わずにはいられません。

      松山千春さんの『大空と大地の中で』

      「野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ」♪

      「身体ぽかぽか」「心ゆるゆる」で、お互いサバイブしましょうね。

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