3回目の石上神宮、2回目の「お礼参り」・・・ブログは「102」に到達です (nya.102)

石上神宮 鳥居

石上神宮 鳥居

「お蔭さまで、ここまで来られました」「ありがとうございます」「これからもよろしくお願いします」 (2016年4月)

「神さま」にご縁がある時はたて続くものなのか、「陰陽師」の先生に数年ぶりにお会いしたこと(参照:お花見をあきらめて「蕨(わらび)摘み」に行くの巻 (nya.101))を皮切りに、「そっち方面」から、私を護り導いて下さっている方たちに次々とお礼を申し上げることができました。

ありがたいことです。合掌

奈良の石上神宮は、もう少し正確に言うと奈良県天理市にあります。

私が毎年4月に石上神宮にお参りするのは、最初にお参りしたのが4月だったからという「他愛もない」ものですが、天理市にある「天理教」にとって4月は、教祖誕生祭(おやさまたんじょうさい)(※寛政10年(1798年)4月18日に生まれた教祖・中山みきの誕生をお祝いする)が催される大切な月で、信者の方が全国から「集結」されるのです。

ねこ、風太ん?それが今日(年に一度なので忘れるのです。涙)。

普段は鄙びた石上神宮の最寄駅「天理駅」は改札を抜けるのも長蛇の列でした。

「天理教の信徒の方々」は徒歩で移動されるので、タクシーをつかまえるのに問題はなく、私は私の「神さま」にお会いしに石上神宮に向かいました。

こんな風に様々な宗教が「他の宗教を排斥することなく」穏やかに「ある」っていいなぁ、と思うのです。

「天理市」という街は、江戸時代の終わりに教祖中山みきによって「天理教」が誕生し、その発展とともに出来上がった「宗教都市」です。

全国から信者の人が集まって宿泊する大きな施設が、「県単位」で街のあちこちに林立し、スポーツで有名な「天理大学」も「でで~ん」とあります。

特徴的なのは、天理教に関係する建物は「竜宮造り」にするという「お教え」があるらしく、コンクリートの建物であっても、曲線を強調したお寺の屋根のような「ひさし」がデザインされています。

私が特に驚いたのは、スポーツ界でよく耳にする天理大学が「巨大な竜宮城」だったことで、これまでテレビで見てきた「天理大学出身」の有名なスポーツ選手が、「竜宮城」から来られていたことです。(笑)

ねこ、風太うたたねごく普通の街の大きさを持つ「天理市」が、全てではないものの「街全体」が「竜宮造り」に染まっているのを初めて目にした時は、「宗教の持つ力の大きさ」に圧倒されました。

仏教もまた、神道しかなかった古代の日本に「海外からの新興宗教」として伝来したものですが、千数百年の時間を経て「日本人の血肉」となっているので、「お寺」を見て「新奇なもの」を感じることはありません。

でも、今は「日本の伝統的な建築」として捉えているお寺も、仏教伝来間もない日本人が見た時は「うわぁ、変わっている」と思ったことでしょう。

「寺町」を歩くと「外国に来たみたい」な異国情緒を感じたのだと思います。

「宗教の力」と「歳月の力」の不思議をしみじみ考えさせられる「天理市」です。

ねこ、風太ごろごろタクシーの車窓から見える「天理の街」を楽しみながら進むこと15分、「私の神さま」に到着です。

これまで2回、石上神宮に母親を連れてお参りしていましたので今年も誘うと、母親は「えっっ、次の日に中学校の同窓会があるから、行けないわぁ」と、60年ぶりの再会に色めき立っていていたので、今回は1人でお参りです。(笑)

石上神宮にお参りするのは「3回目」、無事に1年過ごせたことを感謝して「お礼参り」として訪れるのは「2回目」です。

2014年4月に最初にお参りした時は、自分が【乳癌ステージ4】骨転移無数、リンパ節転移無数だと知った2か月後でした。(参照:乳癌ステージ4】の神頼み 石上神宮は「起死回生」の神社でした。 (nya.42)

3年後、こうして健康を保ったまま「お礼参り」ができるとは思っていませんでした。

何もわかっていない己の「小ささ」と、私を生かしてくださっているものの「大きさ」が身に沁み、「お蔭さま」という言葉の深さが心に沁みて、素直に頭が下がり、来年もまたここで「お礼」ができるよう、お力添えをお願いしました。

石上神宮 鏡池

石上神宮 鏡池

こうして、無事3回目の石上神宮、2回目の「お礼参り」が果たされたことを報告出来た今回の『ブログ』ですが、『にゅうがん4な私と風太(日本猫)のららら田舎生活』も無事「100回」の区切りを越え、「102回」まで書き進めることができました。合掌。

自分が経験したことが「懐中電灯の小っちゃい灯り」程度に、誰かの役に立てたらいいな、と思います。

ねこ、風太ねそべるこのブログはそう思って書き始め、「誰か一人でいい、誰か一人の心に届くことがあれば本望」と祈りながら書き進めてきました。

私のような「凡人が田舎でつぶやく」のですから、熱心に祈らなければ通じないと思い、『お百度参り』や『百回の写経』のようなつもりで、最初に「100回のブログを毎日欠かさず書く」と心に決めてブログを始めました。

そして、このブログで102回です。

「お蔭さまで、ここまで来られました」「ありがとうございます」「これからもよろしくお願いします」

これを読んでくださっている方々に、心から御礼申し上げます。合掌

まだまだ、道半ばです。

つたないブログですが、これからも「風太と一緒に」精進いたしますので、よろしくお願いします。

水たまりと空

水たまりと空

次は

「饒速日命と磐船神社」マニアックな私 (nya.103)

です。

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3回目の石上神宮、2回目の「お礼参り」・・・ブログは「102」に到達です (nya.102)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. ののはな より:

    ブログ連載102回目おめでとうございます!
    世界では宗教間の対立が厳しいですが、ここは平和ですね。
    「私の神様」良い言葉ですね。

    1. ふるゆら より:

      はい、「ののはな」さん、ありがとうございます。

      いろんな神さまに導かれ、たくさんのご先祖さまに護られ、多くの人に助けていただいています。

      乳癌ステージ4の私が、「時間の猶予」を与えられて生きることは、そうした「恵み」を実感することです。

      「死」を意識する病気にならなければ得られない「実感」でした。

      得難い「実感」を持って生きられる日々を過ごすことは、病気になる前の私の人生より数段「色鮮やか」です。

      これからも人生を大いに楽しんで、行けるところまで「普通に」暮らそうと思います。

      よろしくお付き合いのほどお願いします。合掌。

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