風太「プランB」をよろしくお願いします (nya.3442)

 

密約「プランB」、吉報を待ちます。(笑) (2026年4月30日)

蜻蛉釣り 今日は どこまで 行ったやら

諸説ありますが、この句は、夕暮れ時になかなか帰って来ない息子を「今日はどこまで蜻蛉釣りに行ったんだろう」と案じる母心、もしくは幼くして亡くした息子が帰ってこないことを「蜻蛉釣りに夢中になっているから」と思おうとする母心を詠んだものとされています。

私もまた、毎日のように「風太は今日も帰りが遅いなぁ」と思っています。

困ったことに風太は、朝私が寝ている間に外に出て一日中外で過ごし、日がとっぷり暮れてから帰って来ることがよくあり、風太の「不在」に慣れっこの私は、そんな今までの日常の「不在」と今回の「不在」の境界が曖昧で、今も穏やかな毎日が続いているように思えるのです。

風太がこの世を去って4週間が経ち、4月が終わろうとしています。

世の中はまさに春もたけなわ、四季の巡りの中でも殊更華やかでにぎにぎしく、毎日新緑の緑が濃くなり、毎日新しい花が咲き競い、普段はぼんやりとしか感じない時の流れが可視化されているようで、日々「え、もう?」と呟きながら暮らしています。

特に私の場合は、心の小さな欠片が、風太が逝ってしまった4月1日のエイプリールにピン留めされていて、「満開の桜、窓を揺らす強風と雨」の花嵐の風景と、あっという間に晩春から立夏へと向かおうとしている現実の風景との乖離に、何度も戸惑ってしまいます。

大切なものを亡くした時の「悲しさ」と「寂しさ」は、今まで何となく同根なのだと思って生きてきましたが、今回のことで実は全然別物だったと知りました。

風太がいなくなって、自分でも驚くほど「悲しく」ありません。

子猫の風太と乳がんステージ4の私は、最初から「遠からず別れの時が来る」ことを常に意識しながら、「それでも、一緒に過ごせる時間を楽しいものにしよう」と決めて暮らし始め、結果、奇跡的に12年間も喜びに満ちた素晴らしい時間を与えられ、初心通りに暮らせたことにとても満足しています。

そして最期の時の迎え方も、野性味の強い風太が、本能のままに身を隠してこの世を去ってしまったら、私はいつまでも「帰りを待つ」ことを止められず、終わらない悲しさと不安で心が押しつぶされるのではないかと恐れていましたが、現実では、風太は私の腕の中で眠るように逝ったので、そのことに、とても感謝し途轍もなく安堵しています。

その反面「寂しさ」は、生活のあちこちに点在して、何気ない日常のいろいろな時、弱い灯りが一瞬明滅するように私の心に「寂しさ」の在り処を知らせてきます。

2階にある自室へ戻るために短い階段を上っている時、私をわざと先行させて、後ろから風太が軽快な足音を立てて追い抜いて行く「ととととと」という音が大好きで、毎回思わず笑ってしまうのですが、風太も私が気に入っていることを知っていて、夕食を終えて自室に戻る時は必ず、尻尾を立てて「とても自慢げに」追い抜いてくれました。(笑)

料理に夢中になってふと振り向くと、空のカリカリのお皿の前に風太がちょこんと座っていて、「風太、いつからそこに座ってるの、そういう時はニャーと鳴くの、猫なんだから」と何度教えても、私が気付くまで無言で座って待つ風太。

洗濯物を干していると、どこからともなく現れて、私の後ろを「たまたま通りかかっただけじゃから」という顔で通り過ぎるルーティン。

風太といて楽しかった時を思い出すことは、ちっとも悲しくなくてむしろ嬉しいのに、キュッと寂しさに心を掴まれます。

「この寂しさは、何かに似ているなぁ、、、」と何度も思っていたのですが、先日ピカッと腑に落ちました。

これは、アレです、、、私は「おひとりさま」で子育てもしていないから正しくないかもしれませんが、『子どもが成長して、親元を離れて、遠くの大学に進学した春の親の気持ち』は、このようなものではないかと思いました。

さだまさしの『案山子』、「元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る」です。(笑)

そして何より四季の巡り、千変万化する自然のあらゆる表情の中に風太がいて、新しく咲いた野の花を見つける度、晩春の美しい自然の風景に出会う度、喜びでふんわりと膨らもうとする心が、ある瞬間、キュッと寂しさに掴まれてしまいます。

大切なものを亡くして「寂しい」と思うことは自然なことで、そのことはちっとも嫌ではないのですが、「これはもう、春夏秋冬終わりがないなぁ」と。

そこで、「プランB」です。

もちろん「プランA」もありました。

どちらも風太と何度も話し合った「将来プラン」です。

「プランA」はベストシナリオで、風太と私が同じだけ生きて、同時期に相前後してこの世を卒業しようというものでした。

猫の平均寿命が15年で、乳がんステージ4の10年生存率が15%、「私たちならいけるんじゃ?」と思い、「これでいこう」と目指したプランです。

残念ながら、このプランはエイプリールについえました。(嘆息)

「プランB」は、私が残された時のことです。

きっと、途方もない寂しさを抱えることになる私が、「風太のいない生活に耐えられるか問題」について話し合いました。

折り合いの悪い父との二人暮らし、人の心の機微に疎く、共感性の薄い父親と口論になる度に、風太が「ニャーニャーニャーニャーニャーニャー」と大きな声で鳴き続け、私に変わって父親に「あほーあほーあほー、バーカバーカバーカ」と言ってくれているようで、いつも慰められました。(笑)

何より、風太と暮らす中で、炭酸の泡のようにシュワシュワパチパチと小さく弾け、絶えず湧き上がってくるささやかな喜びと笑い、そんな祝福を花束のように抱えて、大病を得た後も「生きるって楽しいな」と思いながら暮らしてこられたのです。

風太が心を守って、温めてくれるから、寂しさを感じることはありませんでした。

そこで、私は風太に問いかけました。

「風太を思い出して寂しい寂しいと思って生きるより、私の体調が悪くなかったら新しい猫を飼ってもいいかなぁ?」と。

男らしい風太の返答は、「あ?わしが死んだ後のことじゃろ?あんたが楽しけりゃそれでええんじゃ、好きにすりゃぁええがな、わしゃ知らん」でした。(笑)

そこで私は、「んじゃぁ、その時はすぐに生まれ変わって、速攻私の所に戻って来て。それがダメなら風太の折り紙付きの後輩猫を派遣して。」と風太にお願いをしました。

風太は「わーった、わーった」と、面倒くさそうに了承してくれました。(笑)

なので、私は今現在「プランB」が実行されることを楽しみに待っています。

風太との楽しかった暮らしのあれこれが「寂しい」という感情に塗り替えられることなく、新しい「楽しい」に上書きされて、いつ風太を思い出しても心に喜びが湧いてくる、そんな日々を待っています。

実は、新しく迎える猫の名前はもう決まっているのです。

風太を送る時に、見上げた春の青空が本当にきれいだったので、新しい子の名前は「そら」です。(笑)

(おしまい)

 

追伸、ブログ『にゅうがん4な私と風太(日本猫)のららら田舎生活』は、「そら」と出会えたら再開して『まいにちそら、まいにち田舎』にリニューアルしようと思っていますので、再開時期は「空の上にいる風太の仕事次第」で、未定です。

その間、「がんブログ」らしく、私の治療経過を不定期にアップして、溜まりに溜まった「宿題」を片付けたいと思っていますので、お時間のある時にお読みいただけたら幸いです。合掌。

 

2026.03.17

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