ふうたぁぁ、49日だよ、、、 (nya.3445)
そろそろ、現れてよね、風太 (2026年5月19日)
「うっかり八兵衛」の相方が、「あの日から何日たったかな」と迷わずに済むように、永遠に忘れられないエープリルフールにこの世を去った風太が、いなくなって49日が経ちました。
桜の咲く花嵐の日から、立夏を越え、日に日に日暮れが遅くなり、「あと一月もしたら夏至だもんね」と半袖のTシャツでつぶやく季節となりました。
風太不在の毎日の明け暮れが、穏やかに、残酷なほど淀みなく流れていき、「日にち薬」って寂しいことでもあるんだなと知りました。
風太がこの世を去った直後のヒリヒリして尖った寂しさが、49日の時の流れの中で、かさぶたが出来て剝がれていくように、穏やかで丸い寂しさに変わっていく、そのことが「寂しい」と想う日々でした。
私にとって「猫族」と暮らすことは、格別です。
幼い頃「ムリゲー」な家庭環境でダイハードにサバイブしていた私にとって、常に寄り添ってくれる「三毛猫のミー(♀)」は、傷つけ合うことなく、互いを否定することもなく、裏切られる心配もなく、愛し愛されることの安心を教えてくれた唯一無二の存在でした。
小学校へ上がる前、学習机を買いに行った時にゴミ箱も一緒に買うように勧められて、いろいろなゴミ箱の中からたくさんの種類の猫の写真がプリントされている「猫図鑑」のようなゴミ箱を選んだのですが、幼い私の心を鷲掴みにしたのは「アビシニアン」の写真で、その時はそれが「アビシニアン」というエジプトの猫だとも知らず、ただただ「どーしても」アビシニアンの写真が欲しくてたまらなかったので「猫図鑑」ゴミ箱を選びました。
後に奇妙なご縁で「前世の私」が見える人に出会い、「紀元前のエジプトの男性で、透視能力を使って[失せもの探し]を職業にしていた」と言われ、「あああ、それでかぁ、、、アビシニアン」と思ったことがあります。(笑)
その後、大学進学で家を離れ、地元に帰って就職し、馬車馬のように働いて、46才でがん告知を受けるまで「猫不在」の生活を送りましたが、その間、何度も「猫が飼いたい」と思いながらも、自宅に寄生する変人「おひとりさま」では、強く主張もできずに親の反対で適いませんでした。
そして運命の「がん告知」後、「残されたわずかな時間で叶えたいことは何か」と自問自答した末に、ようやく絞り出したものが「猫と暮らす生活」でした。
【乳がんステージ4】というパワーワードがあれば「猫を飼う」ことが可能だと閃いた時、「よっしゃー!ラッキー☆」と心の中でガッツポーズをきめ、「何が幸いするか分からないものだ」と自虐ネタで笑いました。
2014年3月22日、風太を自室に迎えてギュッと抱きしめた時、「ああ、この子を思う存分愛していいんだ。愛することを恐れなくていいんだ。」と思い、「猫不在」の暮らしの間、長く閉め切っていた窓がパァァァァと開いて、暖かな日差しが射し込むような喜びに満たされました。
その後の風太と暮らした12年が、いかに喜びに満たされたものであったのかということは、このブログを見ていただければ一目瞭然です。
「猫不在」でも穏やかに暮らしていくことは可能ですが、猫がいると、穏やかな暮らしが喜びで満たされます。
そんなこんなで、先人の知恵は大したもので、「49日で一区切り」というのは、絶妙な時間の長さなのでした。
「人は、死ぬ時まで生きなければいけない」と思っている私ですので、今を楽しんで生きていくことに迷いはないのですが、「風太と一緒がよかったなぁ」と、時折り淡く思います。
新しい猫の「そら」を迎えることは決めていますので、車で田舎道を走りながら「道端で困っている子猫がいるんじゃないか」と目を皿にしてキョロキョロしていますし、ネットで「里親募集」のサイトを開いて「あ、この子」と閃きが下りてくるのを今か今かと待っています。
「いつでも来い、そら」と思っている裏側で、「もう少し、もう少しだけ、純粋に風太を悼む時を過ごしたい」とも思い、矛盾した気持ちを行ったり来たり、これぞまさに「人間だもの」だねと、妙に納得して過ごしている間に49日が経ちました。
「亡くなった人が夢に現れたら、成仏した証拠」と聞いたことがあったので、「風太、もうそろそろ49日なんだけど」と、いつまでも私の夢に現れない風太を案じていましたが、5月12日の夢に現れました。
長い夢の最後に現れて、台所の机の下で爪とぎの段ボールをバリバリしていて、「風太、こんな所にいたん?」と驚きながら笑って声を掛けて、なでなでしていると目が覚めました。
昔から私の夢は「胡蝶の夢」タイプで、現実には一度も訪れたことのない場所に何度も行ったり、近未来の自分を垣間見たり、知らない人とバーカウンターで談笑していたりと荒唐無稽なものですが、それらが超絶リアルなので、私的には「妄想」というより「異世界」訪問と思っていて、その夢に風太が現れたので、「ちゃんとアッチに行ったんだな、しかもバリバリ働いていることをアピールしたかったんだな」と確信しました。(笑)
未だに「そら」と出会えていないのは、私が毎日風太へ「早く帰って来てよね」と大声で送っている思念波を「もうちょっと、わしのこと寂しがっとけ」と、意外にセンチメンタルな風太が思っているせいなのか、「わーっとる、今、いろいろ調整しとって忙しいんじゃ、黙って待っとけや」と短気な風太がイラついているせいなのか、、、。(笑)
ともあれ、毎日風太との会話を楽しみながら、「ああ、風太を抱っこして嫌がる顔を見たいなぁ」と思いながら、のんびり暮らしています。
(おしまい)

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