【抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン】の副作用は、、、関節痛でした(笑) 1月 (nya.3465)
「いつか来た道、いずれ行く道」です。(2026年1月~2月)
令和8年、新年が明けました。
近所の氏神様の石段を登りながら、こうして自力で初詣ができていることの奇跡が胸に沁みました。
前年の初詣も、同じ感慨を持ちましたが、その時は「どーなるの、コレ」と、副作用のあまりの多さに先行きの不安でいっぱいでしたが、今年は「なんとかなったんと違う?コレ?」と、安堵の思いが含まれていました。
令和7年は、我ながら「よくサバイブできたなぁ」と思う他ない、異様に密度の濃かった1年でした。
私自身のことだけで言うと、【分子標的薬アフィニトール+アロマターゼ阻害薬エキセメスタン】の副作用の、大小さまざまな荒波の中を漂流しかけながらも、命からがら浜辺に打ち上げられて「九死に一生」体験をしました。
改めて、要約してみます。(笑)
昨年の1月、私が抱えていた体調不良の諸々は、(味覚障害、食欲不振、「口角炎」が治らずに常態化、歯槽膿漏の腫れと排膿、皮膚が弱くなって些細な傷の治りが遅い、体重15kg減、足先の痺れ、感覚低下)でした。
2月、「糖尿病」であったことが判明し、「糖尿病」の薬を処方されて服用を始めた途端に、諸々の改善がみられて「ありがたやありがたや」と一息つきました。
4月、副鼻腔炎に罹患。
5月、今まで「歯槽膿漏」だと思っていたのに「顎骨壊死」と言われて大学病院の口腔外科にGO!!、
7月、腫瘍マーカーが「微増」傾向、「顎骨壊死」の治療のための「高気圧酸素治療」30回を受け始める。
8月、「高気圧酸素治療」のため、猛暑の中通院。
9月、「高気圧酸素治療」終了。
12月、いよいよ腫瘍マーカーの「増加」傾向が顕著に、PET/CT検査を受けたのち、【分子標的薬アフィニトール+アロマターゼ阻害薬エキセメスタン】を終了し、「抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン」を開始する。
ははははは、我ながら大したものです。(笑)
私自身の大波小波とは別に、この間「母親てんやわんや問題」が7月末から12月半ばまでてんやわんやし続け、風太10月の母親の手術に合わせた「断食事件」に振り回され、12月には母親が老人介護施設に入居して一息つく間もなく、兄が「腎盂腎炎」で入院したので父親を派遣ました。
ははははは、『為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり(上杉鷹山)』ほどの覚悟はこれっぽっちも持ち合わせず、目の前に現れるハードルを一つ一つ「昭和の体育会系的ど根性」で越えていたら、何とかなりました。ははははは。
こうしてみると、令和7年は「それしかなかった」ように思われるかもしれませんが、その間の私は「ちょと、休憩、zzzzz」時間は増えたものの、ベッドに寝付くようなこともなく、家政婦業もこなし、風太との散歩を楽しむ「当たり前の日常」も同時並行でありましたので、、、まぁ、、、なんとかなった次第です。(笑)
『面白き こともなき世を 面白く すみなすものは 心なりけり (高杉晋作)』
起きてしまったことを「なぜ」と問うのは不毛ですし、自分にできることが僅かで限界があることは承知の上ですし、自分に対しても家族に対しても、自分のできることをやって「行き届かないことは、、、知らんがな」と、居直るくらいが丁度いいと思っています。
もちろん、私よりもずっと賢く、ずっと簡単に物事をやり遂げられる方はたくさんおられることでしょうし、私なりに「もう少し頑張ったら」もう少し出来ることもあるのでしょうが、私自身が自分を追い詰めて悲壮な顔をするよりは、「もうちょっと、やる気出せよ、チッッ」と、舌打ちされているくらいの方が、心が緩んで円満になると思うのです。(笑)
自分の周りで生起する出来事をコントロールすることは、神ならぬ身で到底叶わないことですが、ただ一つ、自分の中で生起する感情は自分で選べます。
四季の巡りの美しさを愛でて、風太と自然の中を散歩して心を洗われ、台所に立ち、大好きなエラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの『エラ・アンド・ルイ (Ella and Louis)』 (1956年)をユーチューブで聴きながら「さて、何を作って食べようかな」と、自分の胃袋と対話している間は「私は大丈夫」だと思います。(笑)
そして、昨年の12月19日から服用を始めた「抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン」、こちらは、2週間服用し1週間休薬する3週間を1サイクルで、腫瘍マーカーの数値が抑制されている間はずっと継続するという代物です。
これまでの経験上、副作用が現れるのは服用を開始してから2週間程度なので、私にとっての令和8年の年明けは、「どんな副作用になるのかな知らんが、よっしゃ、来い」と、しっぽを逆立てて相手が飛び掛かってくるのを待つ「喧嘩上等、風太」のような状態でした。(笑)
結論から言えば、1回目サイクルで38度の高熱が3日間程度、2回目のサイクルで少々のむかつき、3回目のサイクルで「関節痛」という副作用が発生したものの、高熱もむかつきも短期で終息し、「関節痛」だけが定着しました。
「抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン」の服用にあたって、私が主治医から受けた副作用の説明はシンプルで、「手のひらや足の裏の皮膚が、指紋がなくなるほど薄くなる」「色素沈着するから、日焼けに注意」「髪の毛は抜けない人が多い」の3点でした。
結論から言えば、、、、どれもハズレでした。(笑)
「関節痛」は、最初、股関節と膝が痛みだしたため「え??坐骨神経痛だったらどーしよー」と、大いに慌てたのですが、「いや、これは、もしかして?」と、ググってみると、
カペシタビン(商品名:ゼローダなど)の服用中に関節痛が起こることは、代表的な副作用のひとつとして知られています。関節や手足の痛みがひどい場合は、自己判断せずに担当医や薬剤師に相談して指示を仰ぎましょう。
エンドキサン(一般名:シクロホスファミド)の投与によって関節痛が引き起こされることがあります。この症状は薬の代謝や筋肉への影響で起こりますが、多くは一時的なものであり、適切な鎮痛薬などでコントロールが可能です。
とありました。チャンチャン♪
相変わらず、斜め上の副作用を引き当てる才能を持つ私、です。(溜息)
痛み始めた当初は、足首周りのむくみも酷く、足首のくびれが消失するほどでしたが、私には「週一の鍼灸治療」という強い味方があり、徐々に体が「抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン」に順応してきたのもありで、今は随分と改善されました。
股関節と膝が痛むと、立ち上がるのに力が入らないということを知りました。
ご老人たちが、立ち上がるのにやたらと時間がかかるのは「老人なんだからそんなもの」と認識していましたが、「関節痛」を抱えた私の立ち上がりの動作は、まさにソレとなりました。
何かすがるものがなければ、一苦労です。
不用意にしゃがんでしばらく作業をし、周囲に何もすがるものがなければ、まず四つん這いになり、片膝を立て、上半身を起こして立てた片膝に両手を置き、力を込めて「どっこいしょ」と言いながら立たねばなりません。
これは、左半身不随の兄が、床から立ち上がる時に必要な動作として学んだことがあり、「人間、どんなことも無駄にはならないな、ははははは」と痛感しました。
また、動いていないときは痛みを感じていないため、ふいに動くとつい「いてて、いてててててててて」と小声で呟くようになり、なるほど、ご老人たちが、いつもこの呪文を唱えているのはこのためかと、学びました。
手指も浮腫むため「爪のない」私は、ますます財布の小銭が摘まめなくなり、レジで「すみません、時間がかかって」と詫びることが増え、これまたご老人たちのご苦労をまた一つ学んだのでした。
「抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン」の副作用はこのような感じでしたが、肝心なのは、「薬が効くのかどうか」「効いたとしても、血液検査の数値によって継続が可能か否か」です。
1月からは服用のサイクルに合わせて、3週間に一度の診察を受け、そのたびに血液検査をして、経過観察をすることになっています。
1月は、1月8日と1月29日の2回、診察を受け、どちらも、赤血球、白血球、肝臓、腎臓の数値も悪くないので、このまま「抗がん剤:カペシタビン+エンドキサン」を継続できるというものでした。
そんなこんなで、「関節痛」に悩まされてはいるものの、それ以外の副作用は特に現れず、ほっと胸を撫で下した1月でした。




