冬至に「一陽来復」を想う (nya.2609)

冬至の頃 河川敷

冬至の頃 河川敷

年々歳々「一陽来復」が心に沁みます。 (2023年12月22日)

幼い頃、年末年始のビッグイベントはクリスマスでした。

私は昭和42年の生まれなので、幼い頃はまだ「ケーキ」は滅多にお目にかかれないレアものでしたので、それが出現するのだから、なるほどクリスマスというものは大したものだと浮かれるのも当然でした。

日本の田舎の子どもであるということは、八百万の神さまがおられることを暮らしのあちこちで年寄りに言い聞かせられながら育つということで、そんな神さまにの中に西洋の神さまもいて、その神さまはご自分の誕生日を祝われることを殊の外喜ばれるらしいと聞けば、「はぁぁん、そんなもんか、そりゃお祝いして差し上げなきゃ」と、素直に受け止めていました。

冬至

そんなクリスマスの数日前、ゆずをお風呂に浮かべてかぼちゃを食べる「冬至」があったのですが、当時「五右衛門風呂」だった我が家では、足を伸ばしてゆっくり入浴することなど叶わぬ夢でしたし、かぼちゃを食べることは、冬至に限らない日常茶飯事で、ちっとも盛り上がらないイベントでした。(笑)

その上、ケーキが食べられて、翌朝にプレゼントまで貰えるクリスマスを終えたら、すぐにお正月の餅つきです。

竈でもち米を蒸して石臼で杵をついて、鏡餅や大小様々なお餅と豆餅をまで用意しなくてはいけません。

その頃には「冬至」は、遠い記憶となってしまってしまうのもむべなるかな、です。(笑)

冬至の頃 河川敷

それから茫々半世紀の月日が流れ、50回以上の冬至とクリスマスとお正月を経験し、今では、クリスマスよりもお正月よりも冬至が来る日を心待ちにするようになりました。

人間、長生きはするものです。(笑)

人の心というものは、劇的に変化することなどは僅かで、日々のささやかな出来事、変化していることにも気が付かないほどの小さな変化、それらが時の流れと共に静かに静かに積み重なって、ふと気付けば幼い頃とは全く異なる風景を見ている自分となっています。

冬至の頃 河川敷

なぜ冬至に心惹かれるようになったかというと、クリスマスやお正月が「人の決めた」お祭りならば、冬至は「天が定めた」法則だからでしょう。

人間界がいかように変容しようとも、春分、夏至、秋分、冬至は揺らぐことのないこの星の定め。

人が地球という星に暮らす時、これらの揺らがない優しい約束が人々の暮らしの根底を支えてくれていることに、半世紀以上この星に滞在する者として思い致さざるを得ません。

冬至の頃 河川敷

古代より人が必死に天文学を学び続け、それら最先端科学を「信仰」したのは、「ほんとに?ほんとに、食料が乏しく生き延びることが厳しい冬はちゃんと終わる?必ず春が来る?それはいつ?」と不安に思う心が大きかったからでしょう。

現代でもそうであるように、冬至が来たからといってすぐに春になる訳ではなく、より厳しい寒さが訪れると知っていても、どんどん短くなるばかりだった日照時間が反転して長くなる冬至が訪れることは、「間違いなく春は来るんだ」という希望であり励ましです。

過酷な現実は1mmの変化もないけれど、「終わりがある」と思えることで、人は慰められる、、、まるで人生のようですね。

冬至の頃 河川敷

「一陽来復」この言葉は大人になってから知りました。

知った時は、「ふぅん、冬至を現す言葉なんだ、なるほどね」程度にしか思いませんでした。

「一陽来復(いちようらいふく)」

『陰が極まって陽にかえること。陰暦十一月または、冬至をいう。また、冬が去り春が来ること。新年が来ること。転じて、悪い事が続いたあと、ようやく好運に向かうこと。』

今は、、、心に沁みます。

冬至の頃 河川敷

幼い頃は単純に、「陽はいいこと、陰は悪いことでしょ」と思っていましたが、この歳になれば、陰と陽は善悪ではなく、どちらが欠けてもこの世が成り立たないことを知っています。

若く健康だった時、同じく生命力が横溢した春と夏が心地よいと感じていた私も、病を得た体となった今では、夏は苛烈な季節、夏が終わって秋が訪れる度に「ああ、有り難い」と深呼吸して緊張を解くのです。

そして冬は、まだまだ遠い夏に安堵して伸び伸びと過ごす季節です。

冬至の頃 河川敷

春夏秋冬、それぞれの美しさがあり、喜びがあります。

ただ「冬至」は、四季の巡りが一巡して新しい巡りが始まること、春を待つ心、太陽の恵みを受けて生きていることへの畏怖と感謝、いろいろな想いが交錯して、より一層心に沁みるのです。

そして何より、がんという病を得てステージ4の身でありながら、また新たな四季を愛でることが出来そうだと思っている自分がいることに、小さな驚きと大きな喜びを感じます。

なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

と、思わずにはいられない「冬至」です。

(おしまい)

冬至の頃 河川敷

 

冬至の頃 河川敷

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冬至に「一陽来復」を想う (nya.2609)” に対して6件のコメントがあります。

  1. 金太郎 より:

    こんばんは。
    すっかりコメント欄にはご無沙汰しておりました。

    いつも風太どのと豊かな自然の写真にはほっこりさせていただいております。
    1枚目の写真はまるで絵画のようですね。
    そのような景色の中で暮らせば、お薬以上の効果が期待できると感じます。

    今日のブログには心から同感すると共に、とても慰められました。
    今年は初めて一人きりでクリスマスを過ごしています。
    残念ながらケーキはありませんが、洋菓子よりも和菓子を好むようになりました。
    子供の頃は最中や羊羹など見向きもしなかったのですが。
    陰と陽。
    この夏伴侶を見送って、陰の静けさを愛おしく感じ始めた今日この頃です。

    1. ふるゆら より:

      メリークリスマス金太郎さん。

      ぎりぎり、クリスマスに滑り込みセーフのご挨拶が出来ました。

      そうですか、ご主人様のこと、ご愁傷さまでした。

      金太郎さんが私のブログをご主人様に勧められて、ご主人様の感想が「漱石のよう」と仰ったことを教えてくださって、過分なお言葉に恐縮したことが思い出されます。

      今は、金太郎さんとご家族の心の中に住まいしてらっしゃるのですね。

      今日のクリスマスは静かに過ごされているとのこと、もちろん、悲しみや寂しさが去来されることでしょうが「陰の静けさを愛おしく感じる」ことが出来るのも、ご主人様と過ごされた時間との対比から生まれるもの、これもまた、ご主人様からのクリスマスプレゼントですね。

      陰と陽、どちらも受け入れて抱きしめなければならないことを知る年齢になりました。

      いよいよ年の瀬が押し迫りました。

      年末年始も思うことの多い時間かと思いますが、どうか、穏やかな時をすごされますようお祈りいたします。

      来年も、風太ともどもよろしくお願いいたします。

      今年の夏は悲しく寂しい

  2. たお より:

    ふるゆらさん こんばんは

    季節外れの暖かさに「秋はどうした?冬はまだか?」と思っていたら、突然、真冬になりましたね。私の住む関東の海に近い地域でも、ただ今の気温5℃です。
    でも、厳しい暑さに比べたらありがたいものですけれど。
    その後、諸々の副作用は落ち着きましたか?

    少しずつ変化して、無自覚のうちに見え方も感じ方も変っていたということ
    私も、命を意識する病になってから認識したように思います。
    そして、自分の中にある八百万の神々を畏れ感謝する感覚を、少し誇らしく思えたりします。

    今年も素敵な写真とお話をありがとうございました。
    来年も風太くんと緩やかな時間をお楽しみいただき、それを私たちにおすそ分けくださいね。
    よいお年をお迎えください。

    1. ふるゆら より:

      たおさん、いよいよ年の瀬が近付いて来ましたね。

      私の中で、「いろいろなことがあっても風太と散歩出来ていれば大丈夫」という体調の良し悪しの基準があり、今のところ全然OKっス。

      たおさんと同じく、私も夏が苦手なので、厳しい残暑が終わり「秋が来た」と確信を持てた日は、心の中で快哉を叫び「もう、今年も終わったな」と、ビッグイベントをこなした達成感に酔います。(笑)

      そして冬至を迎えると「また一年が始まるなぁ」と、四季の移ろいを愛でる楽しみに思いを馳せ、、、「四季の中には夏もあるなぁ(涙)」と思うのでした。(笑)

      それもこれも、八百万の神さまたちに護られて、生きていればこその贅沢な悩みです。

      ありがたやありがたや、合掌。

      たおさんも素敵なクリスマスと穏やかな年末年始をお過ごしください。

      来年もよろしくお願いいたします。

  3. sizu より:

    早、冬至 素敵な写真です
    この寒さの冬至に合う新鮮な空気を目からも吸ったような
    気持ちになる美しい風景、一陽来復にふさわしい景色ですね
    今年も数日、来年も変わらず健康維持をお祈りしています。

    1. ふるゆら より:

      ありがとうございますsizuさん、お久しぶりですね。

      お体の調子はいかがですか。

      冬至の頃になって一陽来復を思う時、何にも遮られることのない日没が見たいと思って寒い寒い河川敷に立ち寄るのが恒例となってしまいました。

      寒い寒い河川敷には、私のような「物好き」しか近付かないため、大体、写真のような風景を独り占めできることも気に入っています。

      「今年も一年、生きたなぁ、、、来年、もう一回四季の巡りを愛でられそうだなんてびっくり」と、これまた毎年思い、そう思うことが私の「一年の締めくくり」です。

      いよいよ年の瀬、sizuさんも何とぞご自愛されて、穏やかな年末年始をお過ごしください。

      一陽来復の次は、笑門来福ですね。

      来年もよろしくお願いいたします。合掌。

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